気の長い話5(適当)


これの続き。


久しぶりに口にした温かい食事は、自分にもまだ味覚が残っていたことを教えてくれた。
あの日から口にするものといえば手っ取り早い栄養剤や携帯食料くらいで、たまに任務で必要にかられて食べた食事にも、味なんて感じたことがなかった。
悪意に満ちた連中や、それから近しいがゆえに腫れ物にでも触るような扱いをする人たちと係わり合いになりたくなかったせいもある。
だが、根本はきっと、食べてくれる人がいないのに作る意味を見出せなくなったってだけだ。
病んでしまった父に食事を取らせるのは至難の業だった。
幸い本を読んでそれを作ることぐらいは簡単にできた。
だがぼんやりと虚空を見つめている人に…俺の存在に気付いた瞬間謝り始める人に少しずつでもいいからと食事を勧めては、噛み合わない会話と不安に耐える時間すらもう戻ってはこない。
この暖かい空気に満ちた部屋は、いつも薄ら寒かった自分の住処とはまるで違っている。
額宛をしている自分と同年代の子供がめずらしかったのか、いろんなことを聞かれた。質問に答えると、瞳をきらきらさせてさらに次の質問が飛んできて、その様子がかわいくてたまらない。
「一杯食べるんだぞ!イルカ!カカシ君も!」
「お野菜残したらデザートはなしよ?」
「えー!?」
肉ばっかり食べてるなぁと思ってたら、さすがに気づかれたらしい。
俺まで巻き添えを食ったのは、せっせと俺にも同じものをいれてくれるからだ。
容赦なく皿に盛り付けられてしまった野菜の山に、イルカが驚くほどしょんぼりしている。
さっきまで嬉々として肉を頬張っていたときの顔と大違いだ。
…笑顔ですさまじい術を放つという話を聞いたことがあるから、この家の主はひょっとすると立派な口髭を蓄えたうみのさんより、奥さんの方なのかもしれない。今後のために覚えておこう。
それにしてもたかが食物でここま喜んだりい悲しんだりするものなのか。
…いや、それともこれが普通の子供なんだろう。
黙々と食べるように指示された物を口に運んでいただけの俺とは何もかもが違っている。
こんな子供だったら、父さんはあんなに早く逝ってしまわなかっただろうか。
「カカシ君?」
「とても、おいしいです。ありがとうございます」
これは本当だ。
苦手なものを一気に食べることで誤魔化そうとしたのか、書き込みすぎて目を白黒させているイルカを見ているのも楽しい。
それを見て慌てるうみのさんと、鷹揚に構えて笑っている奥さんと、怒ってみたり笑ってみたり…くるくる表情を変えるイルカ。
驚くほど居心地がいいのに、酷く違和感を覚える。
逃げ出してしまいたくなるのに。
…それなのにイルカからは目が離せないのだ。
「よかったわ!」
「これから大きくなるんだからいっぱい食べないとな!」
この人たちから大切なものを奪う。
それは間違いなく罪だ。
でも、諦められるわけがない。今この瞬間にでもこのまま浚ってしまいたいと思っているのだから。
念願のデザートであるアイスを頬張るイルカに感じるのは、自分でも押さえ切れない衝動に近い執着と…最近知ったばかりの欲。
それなら、どうせ押しとどめて置けないのなら、手を打つのは早い方がいい。
「うみのさん。…俺、イルカとずーっと一緒にいたいです」
「ああ!それなら泊まっていきなさい!布団ならあるし!」
ああ、分かってないんだな。そりゃそうだよね?
「いいんですか?」
「え?」
「…俺のモノにしたいと思っても」
「!?」
目を白黒させているうみのさんの横で、奥さんが一瞬でその気配を変えた。
この人はちゃんと分かったみたいだ。
イルカはアイスに夢中で、でも立ち上がった俺に不思議そうに聞いてきた。
「あれ?帰っちゃうのか?」
「うん。…また今度、ね?」
「うん!」
一方的な約束を交わしてから、固まるうみのさんたちにむかって頭を下げた。
「今夜はお暇します。ありがとうございました。…俺のイルカを育ててくださったことも」
「カッカカシ君!?」
「…次にお会いするときは、俺を警戒してください」
それだけ言い終えると、二の句を告げないでいる二人のことは視界の隅に追いやった。
「イルカ。またね?」
「うん!またな!」
次への約束に破顔したイルカの手を取った。
一瞬で警戒をあらわにした両親と違って、イルカの方はまるでこの事態に気付いていない。
その手にそっと誓いの口付けを落とし、それから…逃げた。
食器だけは流しに入れておいたけど、それ以外のものは全部そのままにして説明もせずに。
…気付いたら家にいて、今後の作戦と対策を考えていた。
こんなに何かに夢中になるのは初めてかもしれない。
残した印でいつでも会いにいける。…でも、それだけじゃ駄目だ。
だって欲しいのはそんな一瞬の逢瀬じゃない。あの子の全てなんだから。
「イルカ。待っててね?」
そのささやきを聞いていたのは夜の闇だけ。
俺の決意も欲望も覆い隠すその闇の中で、笑った。
全てを手にするその瞬間を夢見ながら。


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というわけで発端編?
微妙にニーズなさそうなので巻きでいけたらいいな…!
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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