空腹(適当)


「食べすぎじゃないか?」
「へ?そうか?」
そう言われて初めて、自分が空にした皿の量に気がついた。
注文しているときは気づかなかったが、確かに多い。前からそれなりに食べる方ではあったが、ここまで食べるようになったのは…。
思い当たる理由など一つしかない。
「食いすぎると太るぞー?」
「あ、うん。気をつける」
「なんだよ?妙に素直だな?」
あっさり認めた俺に、同僚は不審げな顔をしてきたけれど、事情なんて言えるはずもないから笑って誤魔化した。
「内勤長いからな。任務はちょこちょこ出てるけど。トレーニング増やしたんだよ」
「へー!まじめだなぁ!流石イルカ!」
からかっているだけだとしても、感心した素振りには少しだけ良心が疼いた。
なんでこんなことでうそつかなきゃいけないんだ。
言えないような事情を持つ羽目になったのも、こんなにも空腹を感じるようになったのも…全部、あの男のせいだ。
「褒めても残業は手伝わねーぞ」
悪態は胸の中だけにしまいこんでおかないと。
いつも通りの軽口に、同僚はあっさり乗ってくれた。多少余計な言葉つきで。
「うっ!ばれたか!まあいいや。お前最近彼女できたんだろ?」
「なっ!なんのことだ?彼女なんて…」
「だって元々残業の帝王だったくせに、最近定時に帰る日があるじゃん。それ以外の日はいつも通りだけどさ」
言われてみればそうかもしれない。自覚なんてまるでなかった。
帰ったらすぐに何とかしなきゃいけないものがあるってだけの話なのに、同僚の頭の中では勝手にストーリーが進行しているようだ。
「帰ったら彼女が待ってるんだろ?外勤ってことは…あれか?もしかして上忍か?お前ってお姉さまタイプ好きそうだもんな!それとも妹系か!」
「妄想はそれくらいにしろって。彼女なんかいねーよ。いたらこんなトコで飯食ってない。弁当でも作ってもらってるよ」
昼食にしては遅い時間だが、急な任務が入ってシフト変更を余儀なくされたせいで、近場の定食屋で飯を掻きこむ羽目になったんだが、こういうときは言い訳に丁度いい。
…多少不自然でも、俺がこれまでこぼしてきた理想の女性像を笑ったこいつなら、きっと納得してくれるはずだ。
「…そういやそうか。むしろお前の方が弁当作って貢ぎそうだけど」
「お前の中で俺のイメージはどうなってるんだ…」
余計なことまで言われはしたが、これで何とかなるだろう。
「まあいいや。お前幸せそうだし。ここんとこ顔色悪かったから心配してたんだぞ?そんなに食うなら大丈夫だな!」
「え!あ、うん。ありがとな!」
そうか。急についてくるから何事かと思ったら、そういえばこいつはそういう所で気遣いが細かいやつだったっけ。
心配させてしまっていたのなら、申し訳ないことをした。
…事情が事情だけに愚痴ることも出来ないで溜め込んでいたから、こうして気を使ってもらえるだけで少し楽になった気がした。
「じゃあな!割り勘にはしてやらん!」
「あーあー!わかってるよ!じゃあな!」
最後に一口だけ残った飯を口に放り込み、ぬるくなったお茶も飲み干して、俺も会計にたった。
安さが売りの定職屋だ。金額はそうたいして変わらないが、確かに以前よりは大分食べている。
これが降り積もれば一月でそれなりの金額になることは想像に難くない。
「請求してやろうかな…」
レシートとにらみ合いながら思わずこぼした呟きを、くすくす笑いがさえぎった。
「いいよ?生活費も全部俺もちで」
「…あんた任務どうしたんだ…?」
売れっ子上忍のはずなのに、どうしてこうも男は俺にまとわりつくのか。
「終わったよ。イルカ先生もでしょ?…ね、かえろ?」
「俺はまだ…!」
仕事があると言う筈だったのに、男はその続きを言わせてくれなかった。
「ちゃーんと確認取ってきたもん。もう帰れって言ってたよ?」
「またやったのか!」
勝手に職員室だの受付だのに入り込んで、俺の予定を聞くのは止めてくれと言っているのに。上忍に予定を聞かれて、仕事があるなんていえるヤツはいないに決まってる。
外堀が埋められていく様で恐ろしい。…こんな関係、納得してる訳じゃないのに。
「…入れたい。ここでされたい訳じゃないよね?」
「ばっ馬鹿いうな!」
「じゃ、かえろ?」
にこにこ笑って見えるくせに、殺気染みた欲望をまとわりつかせた男からは、剣呑な空気が漂ってきている。
最悪だ。
「…帰ります。でも!」
「ん。まずは体だけでも良いよ?まだ先は長いもんねぇ?」
こういうところが嫌なんだ。
いいようにされて、身も世もなく喘がされただけでも恐ろしいのに、男は俺を変えようとしている。
「言わない。絶対に」
「ふふ…そ?」
余裕たっぷりの笑みは、男の自信の表れだろう。 思わせぶりな態度も、同性でも分かるほどに垂れ流される色気も、全てが俺を捕らえるための罠にしか思えない。
俺が女なら惚れていただろうか。
好きって言ってなんて。
そんな台詞と共に押し倒されてから、体だけは不本意ながら慣れて行っている。それでもなお足りないと俺を強請る男に、いつか飲みこまれてしまいそうで。
立ちすくんだ体を男が抱きこんだ。ぬくもりだけは心地良い。納得なんてしていないのに。
「行こ?」
「…ええ」
愛を強請るのに手段を選ばないと言った男に、あとどれくらい抗えるだろう。
不安とともに膨らみ続けるこの思いをもう少しだけでも誤魔化したいと思った。
…俺の意地などものともせずに全てを奪いつくそうとする男に適いそうにないとしても。


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適当。
攻防戦。実は上忍が驚く程必死だといいと思います。
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