かぎ(適当)


「返してくれって、言えばよかったなぁ…」
こんなことになるんだったら。せめて。
どうやらここまでのようだ。諦めるなと教えた口で言うのもなんだが、医療班もいない里も遠いこの単独任務で、ここまで派手に出血したらほぼ間違いなく死にいたる。
あの人を、おいて。
こんなときだというのに、思い出すのがあの人のことばかりだというのが腹立たしいというか、悲しい。
置いて行ったら泣くだろうか。…いや、あの人のことだからどうせ泣く事もできずに抱え込むだろう。
そうして消えない傷の一つになれることを、少しだけ嬉しく思うことを否定できなかった。
情けないことにその傷に嫉妬を感じたこともあったから。
「最低だな」
妙に笑えるのは痛みすら曖昧になってきたからだろうか。
行きがけに施錠をして、その途端鍵をひったくるように奪われた。
合鍵が欲しいだの頂戴だのくれないならとっちゃうだの、コレまでも幾度も言われていたが、まさか本気だとは思わなかったんだ。
奪い返そうにもどこか必死でそれを守ろうとする男とやりあうには、出立の時間がせまりすぎていた。
お遊びの一環だろう。…この関係と同じに。
そう判断して諦めたんだ。俺は。
帰ってきたらあけてくれと言い残して、足早に去る俺を、あの人は追わなかった。
なんであんなものに執着するんだか。
「聞いてみりゃ、よかったかなぁ…」
始まりはいつだったか。
なくしたものを惜しんで嘆いて、少しばかり酒を過ごした夜があった。
なぜか知らないがそれに付き合って飲んでいた男が、極自然に触れてきたのは、慰めか戯れか、きっとそう大した理由じゃなかった。
養い親でもあった人を失ったばかりで、不意に与えられたぬくもりは突き放しがたく、結局それに溺れた。
どうせ一度限りだという妙な諦念とも違う開放感めいたものも手伝って、随分奔放にその行為に没頭した覚えがある。
経験のない体は流石に男を受け入れる段になったら痛みを覚えたが、宥めるように与えられる口づけや背を撫でる腕に甘えられることが心地良くて、抵抗なんてものを思いつくことさえしなかった。
そうして幾度も果て、身の内にその精を受け止め、文字通り頭の中が空っぽになりそうなほどの熱をもらった。
そのまま終わるだろうという予想が外れたことだけが唯一の誤算だ。
当たり前のように伸ばされるようになった手に逆らわなかった自分が、戯れに手を伸ばした男よりずっと罪深い。
言葉少なにただ寄り添い、その身を混じり合わせるだけの関係でも、それが続けば情が湧く。
いついた男の仕草や行動を間近で見ていれば、男も誰かを失ったのだということにはすぐに気がついた。
だから、あの行為はただの慰め。
…それ以上のモノを欲しがるようになってしまった俺が駄目なんだ。
少しずつ胸の痛みが強くなり始めて、だから任務を受けた時はホッとした。
家にいるあの男に溺れ始めていたから。
「あいたい、なぁ」
大したランクじゃないはずが、予想外の奇襲を受けて、切り抜けることもできなかったんだから、ざまぁないというか。
そうして思うのが忘れたいと思っていた男だというのも救いがたい。
頬を伝う涙が妙に熱く感じて、これだけ命のかけらを撒き散らした割には、まだ自分に熱が残っていたことに驚いた。
目を閉じれば、男の顔が浮かぶ。好物を出したときの密かに喜んでいる顔、名を呼んだときに少しだけ緩む口元、それから、熱に溺れている時のどこか必死さを含んだ顔。
「カカシせんせ」
「はい、なんですか」
「え…?」
お迎えが最愛の人の姿を取るなんて話があったなぁと、とっさにそう思ったのは、この人がここにいるはずがないからだ。
「行こう?俺の部下もいるから治せる。お願いだからもう少しだけがんばってみてよ」
俺も、諦めちゃいたいの、わかるけど。
ああ、泣いているんだろうか。少しだけ掠れて震える声は、俺の返事を待たなかった。
おざなりに止血した傷は痛みを訴えたが、血に汚れるのも構わず男は走り出す。
「カカシせんせ」
「うん。…お願い。もっと呼んで?俺を、…おいていかないで」
幼子の必死さで男が呟く。
そうだな。死ねない。…もっと、この人の側にいたい。
「あったかい」
「ん。そうね。アンタが冷えてるんだけどね。ちゃんとくっついてて」
「見つけたんですか!」
「こちらへ!」
なにものかに取り囲まれる気配だけを感じて、目を開けることができなくなっている自分に気がついて、それから。
「イルカせんせい」
平坦なその声が泣いているように聞こえたのを最後に、意識が途切れた。
******
「おかえりなさい」
「へ?」
ここは、俺の家だ。
大騒ぎしたくせに意識を失っている間にてきぱきと傷をふさいだ医療班のおかげで、目覚めてみれば即退院を申し渡された。
確かに傷は殆どふさがっていて、僅かに痛むだけだった。
混乱したまま家に帰ったら…これだ。
「ただいまって、いいなさいよ」
憮然とした表情の男に促されて、思わず怯みながら答えていた。
「ただ、いま」
そうか。そういえばこれまでは鍵を持っている俺と一緒じゃなければこの男が家に入ることはなかった。あけることが出来ても、それを曲げることはなかった。
でも、男はもう鍵を持っている。
「任務内容がおかしいから心配していってみれば、アンタしにそうな顔で任務にでようとしてるし、気が気じゃなかったんだから!」
もうアンタ任務に出しません。なんて勝手な事を言って男が包むようにして抱きしめた。
「ごめんなさい」
置いていこうとしてごめんなさい。逃げようとしてごめんなさい。
それなのにアンタの中に残ろうとしてごめんなさい。
「反省してしばらく休養です。ま、腹が立ったから傷は殆ど完全にふさいだし、俺の血も入れちゃったけどね」
だからすぐできるよ?なんて色悪な笑みを浮かべてみせる。
…分かるけどなんてあの時言ったくせに。
「アンタは、俺の未練です」
「ん、光栄です。っていうかそうしたし、これからもそうするけど」
「俺、は」
アンタの未練になれますか。
「アンタは、俺の。置いていくのも許さないし、置いていくつもりはないから」
アンタ寂しがりやだから、すぐ他の引っ張り込みそうでおちおち死んでられないもの。
甘えたな声が、俺を甘やかす。
「…なら、いいです」
それでいい。アンタの傷になるより、アンタの礎に慣れるなら、それで。
奪うように口づけて、少しだけ泣いた。


…結局、奪われたカギが返されることはなかった。


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適当。
カカシせんせが近辺の任務受けた辺的なのは蛇足?
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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