スプーンひとすくいの(適当)

差し出されたスプーンの上で、白くほわりと湯気とだしの香を立ち上らせている。
「ほら、口開けて?」
「あー…」
口の中に運ばれるソレを期待していたのに、苦しそうな顔を見せられると反応に困る。
それでなくても熱に浮かされた頭は、ろくな志向を紡いでくれていない。
…男の視線にひゅうひゅうと音を立てる胸の苦しさが増した気がした。
「ああ、まだ赤い…」
どうやら腫れて狭まり、異音を立てる喉を心配してくれているようだ。
男が苦しそうな顔をすることなど殆どない。
ごくたまに…傍らで魘されることはあったが。
一瞬だけ何かを堪えているような酷く苦しげな顔をして、だが静かに呻く男は、俺の中で達する瞬間にも似て。
だが閉ざされて見えない赤い瞳から滴る雫は透明なのに、まるで血を流しているように見えた。
瞳を開いている時の…意識があるときの男は、痛みを俺には見せてくれないから。
時折甘えるようにすりよって、ぬくもりを求めてくる事はあったとしても。
こうして喉を覗き込まれるのは別に構わない。
急激に広がったこのタチの悪い風邪は、真っ先にワクチンを投与された男には恐らく感染らないはずだから。
俺が倒れて自宅待機を言い渡されてすぐ、男はいつの間にか現れて…感染するからと追い出そうとした俺にそう告げた。
里の戦力、それも最も要となるであろう男には順当な処置だろう。
だが苦しそうな顔など見たくないんだ。
それが男の痛みならむしろ無理やりにでも暴きたいが、俺が男にこんな顔をさせていることが腹立たしかった。
「それ、たべたい」
男が差し出しかけたまま、スプーンの上で湯気を弱まらせ始めている物を強請った。
俺を着替えさせて寝床に押し込んだ男が、せっせと作った粥だ。
弱った鼻にも分かるほど美味そうな匂いを漂わせるソレは、男の心配を物語っていて胸が痛むのに嬉しい。
心細くなってるのかもな。
今までは一人でやりすごせてきた夜も、傍らで眠る存在を知ってしまうともう元には戻れない。
どこまでも欲しがって求めてしまう。…普段なら素直に言えないことも、今なら熱のせいにしてしまえるから。
「ん。ごめんね…?はい。ゆっくり食べて…?」
そっと、恐る恐る差し出されたソレを口に運び、ゆっくりと味わった。
腫れた粘膜を通り過ぎるそれは痛みも同時に興したが、すぐに次が欲しくて男に強請った。
「もっと」
ごくりと喉を鳴らしたのが、俺じゃないこと位フラフラしててもすぐに分かる。
こういう顔のがずっといい。
俺に欲情して、俺以外目に入らなくて、夢中になって。
俺だけを見ていればいい。
「ん。もー…治ったら覚悟しといてね?はい、あーん」
「あーん」
送り込まれる白いソレを飲み下して、じんわりと染み渡る熱を感じながら、男が一人体を熱くしている様にほくそ笑んだ。
…治ったら、もっといっぱい、こういう顔をさせてやろう。
もどかしさを押し隠すようにせっせと俺にスプーンひとすくいの愛を差し出す男のお陰で、もうすぐ鍋が空になる。
そうしたら、男を抱きこんで眠ろう。
感染という触れ込みのワクチンがホンモノなら、朝まで男と過しても大丈夫なはずだ。
起きて、治っていたら…そうだな。今度はもっと分かりやすく男をそそのかしてしまおうか?
「ふふ…」
思わず微笑んだ俺に、眉をへにょりと下げた男はが驚くほど可愛らしく見えた。
「美味しかった?…早く、治してね?」
もちろん、早く治すとも。
…男が俺を欲しがっているのだから。
「治すから、いっしょ」
さっさと戸惑う男を布団に引きずりこんで、ほくそ笑んだ。
明日には、きっと。
痛みさえも気にならないほどの幸福感に包まれて、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
「おやすみ。いっしょにいてね…?」
男の呟きに答えるように、ぎゅっとだきしめながら。


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風邪の人が多いので治ることを祈ってみる。
のどがいたいなんてきのせいだ!

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