痛み(適当)


誰かを待っていた。
なぜなのか、いつからかすらもう忘れるほどに。
「ここにいたの。ごめんね」
眠りに落ちてもそう言ってくれる誰かの夢ばかり見て、泣きながら目を醒ますのだ。
歓喜から絶望に変わる瞬間を幾度繰り返したことか。
目覚めてすぐに奈落の底に突き落とされるような苦痛を味わい、求めているものを与えられない飢えに、いっそのこと狂ってしまえたらとさえ思う。
苦しい。それなのにどうして忘れる事が出来ないのだろう。
銀色の煌めく何かや、熱や、気が狂いそうになるほどの快楽。
そんな断片しか、俺の中には残されていないというのに。
思い出そうにも靄がかかったような記憶では、当てに出来ない。
ここにいる理由すら思い出せないのだから。
*****
ある日、海と空とが、燃える様な赤に染まったのを見た。
なんてことはないはずの夕焼け。…だが、それをを見て思い出した。
赤の海に沈みこむ愛しい人。
他人の、そして自分の命の欠片にまみれ、それでも俺に言ったのだ。
「待ってて、イルカせんせ。絶対に迎えに行くから。…約束ね?」
そうして視界はばら撒かれた赤黒いものよりずっと美しい赤に染まって。
赤く赤く全てを飲み込んでしまう瞳のおかげで、俺は意識を失ったのだ。
迎えに来てくれるはずの人を守るどころか、側にいることすら出来なかった。
強烈な赤の記憶。…どうして忘れていられたのだろう。
待っていてもこられるはずがない。…あんなに血を流して、生きていられるはずがない。
涙が零れ落ちるのをとめることができなかった。
のんきに待ちぼうけているくらいなら、もっと早く気づけばよかった。
急いで追いかけようと、持っていたことすら曖昧になっていたクナイを躊躇いなく己の心臓目掛けて降り下ろした。
鋭い切っ先が痛みと絶望に喘ぐ鼓動を、きっと止めてくれるだろう。
久しぶりに感じたほんの少しの安堵。
やっと訪れた苦しみの終わり…だがその安息を妨げるものがあった。
「だーめ。迎えにいくまで待っててって言ったでしょ?」
クナイは弾き飛ばされて地に落ち、それを握り締めていたはずの両手は温かいものに包まれている。
ああ、ウソじゃなかったんだ。
泣きながらすがり付いて、食らいつくようにキスをした。
この体温がまた夢なんじゃないかと怯える俺に、押し付けられた腰の確かな欲望で応えながら、男が笑う。
「ただいま。遅くなってごめんね?」
そうしてやっと、俺は長い長い悪夢から解放されたと知ったのだ。
*****
「アンタなんでこんなタチの悪い幻術…!」
「だ、だって!愛を確かめたくて…!」
ああ、アホだ。なんでこんなアホに惚れちまったんだろう。
そういえば、昨日も一昨日も仕事に忙しくて構ってやらなかった。
…だからってあんな夢を見せることはあるまいに。
「アンタ、ホントに…」
「でも、嬉しかった…!…追いかけてきてくれるんでしょ?」
心底嬉しそうに、人でなしの男が笑う。
馬鹿野郎。そんなのずっと前から…好きだと気づいてしまってからとっくの昔に決めている。
「アンタがちゃんと迎えにくるならな!」
「もちろん!…ねぇ。だから、絶対に待っててね?」
幻の中よりもずっと確かな体温に唆されてしまいそうだ。
いつだって自分勝手なこの男に振り回されてばかりだが…結局、惚れた方の負けだろう。
「…少しは俺の気持ちも思い知れ」
腹立ち紛れにキスを交わして、じゃれあいながらベッドにもつれ込んだ。
今度は俺が思い知らせてやろう。…馬鹿な俺たちにもわかりやすいように、この体で。
幻の痛みなど簡単に吹き飛ばしてしまう密やかで確かな熱に溺れながら、そんなことを思った。


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適当。
ねむすぎるので…。
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