祈り(適当)



紡ぐ言葉はきっと欠片さえも届かない。
「カカシさん」
「ん。ちゃんといい子にしてた?」
外ではいつも飄々としていて、つかみどころのない人だと思っていた。
そしてそれはここに閉じ込められてからも変わらない。
あのいつもの調子を崩さずに、好き勝手に振る舞う。
前から人の話を聞いているのかいないのか分からない人だと思ってたが、こうなってしまってからはそれが更に悪化した。
聞いていないんじゃない。聞く気がないか、聞きたくないんだろう。きっと。
「ここから出してください」
「外はね、雨だよ。雷が凄くてね。アナタを拾った時のことを思い出しました。ここは静かだから良く眠れるでしょ?」
雨、か。そういえば長梅雨だと思った記憶は確かにある。
窓もない、よほど深い地下にあるのか、それとも分厚い壁に何かの細工がされているのか、外の音など一切入ってこないこの空間で、時間の感覚は酷く曖昧だ。
忍の耳で音を感じ取れないということは、やはり術だろうか。
上忍の中でも更に高みにあるこのわからずやは、どんな任務でもやり遂げると評されるだけあって、こんなところでも優秀だ。おそらく俺がここに閉じ込められている間にもせっせと任務をこなし、俺の世話を焼くために帰ってくる。
この場合、それは何の慰めにもならないが。
飢えて死ぬことを思えばこの待遇は最悪とは言えないのだろうか。一生ここに閉じ込めるつもりか、それともこれは任務なのか。
俺の問いかけに一切マトモな答えを返さないところを見ると、どっちにしろ先行きには暗雲が立ち込めていると言わざるをえない。
あの任務。あれもこの男が仕組んだ罠だったんだろうか。
あの日も雨が降っていた。風も激しく吹いて、大きな嵐が目前に迫っていることに悪態をついた記憶がある。
アカデミーの窓に板を打ちつけたり、家々を回って修繕をして歩き、いざと言うときに避難する事が難しい子どもたちやお年寄りを手分けして避難させて、それだけでも随分と時間がかかってしまった。
所在の確認が取れない家の側の橋が増水した川に流されかかっていると言う報せを受け、俺に新しい任務が下った。
今にも流されそうな橋を飛び越えて、その家に誰もいないことを確かめて、家を出るなり目の前に銀色の男が立っていた。
雷を背に負って、まるでこの人自身が輝いているみたいだと思った。
濡れてしまう。任務帰りか。どこか休める所に連れて行かないと。
そんなことを考えてせきたてられるように伸ばした手に痛みが走り、突き立てられた千本から痛みとも熱ともつかぬものが一瞬で全身に広がって、視界が闇に落ちる瞬間、男が笑ったのを見た気がした。
そうしてそのまま囚われた。そこがどこかもわからないままに。
「いつまでこんなことする気なんですか」
「イルカせんせと話すの、好きですよ。だってほら、外だとすーぐ他の連中に気をとられちゃうじゃない?ここなら誰にも邪魔されない」
機嫌は良さそうだ。もっともここに閉じ込められてから不機嫌な様子などみたことはないのだが。むしろ常にはないほど上機嫌で、的外れな言葉だけを吐き出し続けている。
目的が分からない。恨まれているというわけでもなさそうだが、これと言って危害も加えられなければ、毒や術の気配もない。
ただひたすらこの閉ざされた部屋の中で、身を寄せてくるだけだ。
女の代わりでもさせられるならまだ分かる。といっても、女など声を掛けずともいくらでも寄ってくるこの人が、わざわざ中忍の、それもゴツイ野郎に手を出す理由もないんだが。
二親を無くしてからこっち、平和な暮らしというものとは縁遠かった。内勤になってからも教え子への反感からか鬱陶しい嫌がらせや時には暴力に訴えられることも多く、未だに根強い陰湿な空気と共に過ごすことは日常と化していた。
それがいきなり断ち切られた訳だ。そうそう簡単に馴染めるもんじゃない。
確かに安心して眠れる生活ってのはありがたい。くっついては来るが無害…というか、何かしら攻撃を仕掛けてくるわけでもない男が側にいるだけだ。それに任務でいない時間は一人きりで過ごせる。
だがここにいると日々わずらわしいと思っていたモノたちが恋しくなりそうなほど、良きが詰まった。
この窒息しそうな閉塞感。…それは俺を閉じ込めている男のことが、何一つ理解できないからだろう。
「好きって…ぬいぐるみでも抱いてりゃいいだろうが」
犯行動機らしきものへの悪態というには非常に小さい呟きに、男が目を剥いて詰め寄ってきた。
「ねぇ。どうして?」
「どうしてって、アンタこそどうしてこんなこと…!」
「俺のこと、好きになってくれるの?」
「…ふつーはこんなことする相手にそんなことにならねぇと思いますよ?」
閉じ込められる前。告げるつもりもなかった淡い思いなど、この男に告げてやる気はない。
「…だめ?」
めそめそと涙を零し始めた男の情緒不安定さと来たら無遠慮に俺の精神をぞりぞりとそげ落として迷惑この上ない。
かといって折れるつもりもない。何事も最初が肝心だ。やっちまったことをきっちり反省させて理解させるまでは譲れるもんか。
「飯です。飯。それから風呂。そんでアンタはさっさと寝ろ」
「…なんでだめなのかなぁ…」
「い・い・か・ら・ね・ろ!飯風呂寝るです!ちゃっちゃと立つ!」
「はぁい」
一応返事はあった。まあ上出来だ。
後は追々なんとかするしかないだろう。先は長すぎて寿命の方が先にきそうなのが恐ろしいが。
「イルカせんせが俺だけのモノになればいいのに」
それはこっちの台詞なんだと言える日が、いつか来ることを祈っておいた。


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適当。
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