言え(適当)



「アンタうそつきだもんね」
にやにやしやがってこのクソ上忍め。
つけられていたらしいことは理解できたが、なぜこんなに楽しそうにしているのかがわからない。
うそつきか。そりゃ当然だ。俺だって忍で、任務なら人だって殺す。
今更褒め言葉にもならなければ、罵倒にもならない。
この場にいないものとして扱ってやりたい位だが、ここで隙を見せれば面倒なことになるだけだ。
「忍ですのであしからず」
男の意地と根性でにかっと笑ってやったらあからさまに不機嫌になった。
めんどくさい男だ。ほっときゃいいじゃねぇか。そんなにイヤなら。
「ふぅん?その態度、許されると思ってる?」
「さあ、どうでしょう?」
知ったことか。誰かに許しを請わなきゃいけないような生き方はしてきていない。
もし本当に俺が悪かったなら、責任をとればいいだけだ。
たとえばこの手にかけた命に対しても、里中から忌まれる子を庇ったときでも、上官の命令に逆らった時でも、俺は後悔なんてしなかった。
俺以外の誰かを巻き込んだってんなら話は別だけど、今回の件は他の人間は一切関係のない話だもんな。
許さないっていうなら、命じればいい。
従えというなら従う。
…心まではどう命じられようが変わらないってだけだ。
「あーあ。ほんっと頑固で我侭」
「そうですか」
そりゃどっちだと言いたい。
いきなり付き合えというからどこへだと聞けば、あんた俺のものだからとか言い出しやがったんだぞ?
意味がわからないので無理ですとだけ言い渡せば…これだ。
待ち伏せして意味のわからんことを言い出すのもどうかしてるが、受付でやらかした数々の奇行に比べればマシな方だろうか。
椅子に座って書類を受け取れば、顎を救われて唇を奪われる。
とっさにぶん殴ろうとすれば、その手を取って舐られる。
挙句、思わず変な声を出せば、感じてるのだのなんだの…本当にどうかしてると思う。
コレが里を切っての上忍ってんだから、うちの里は平和というかなんというか。
一言でいい。言葉にしてくれれば、こっちも返し様があるのに。
「ねぇ。もう逃がす気ないんだけど」
「はぁ」
じわりと立ち上る不穏な気配に纏わりつく様な視線。
そりゃ勝手な言い草ってもんだ。逃がす気がないと言われ様がなんだろうが、こっちだってそう簡単に捕まってやるつもりなんざねぇぞ?
まあ、上忍だしな。ガチで勝負すれば負ける。死ぬ気でやれば騒ぎに気付いて警邏隊が見つけてくれるかもしれないが、この状況じゃ俺が譲れと言われるのが関の山だろう。
惚れた腫れたの類の話は苦手なんだよ。もてないから経験も少ないし、そういう関係になるのも二の足を踏む方だ。一生番う相手は、一人でいいからな。遊びでなんて言語道断。だからってそれを他人に強制するつもりはないが、考え方の違いすぎる相手とそういう関係になりたいなどと思うはずがない。
それが原因で一生一人でいようが、それはそれだ。
いやうん。出来れば嫁さん欲しいけどな。…自分で言ってて落ち込んできたな。クソ上忍のせいだ。
この人は今まで入れ食いだったから、気まぐれに声を掛けた中忍にあっさり断られたのが許せないんだろう。
もし違うなら。一言でいい。その言葉を聞く事が出来たら。
それなのにどうしてこの男はそれに気付かないのかと内心呆れた。
表情は穏やかさを無理をしてでも意地でも保つ。付け入られる隙は少ない方がいい。コレから勝負に出るって時は特に。
「俺のモノなんだから、ちゃんとしとかないと」
腕がきしむ。いつ掴まれたのか見えなかった。
そのまま抱き込まれて移動しようとしているのがわかったから、耳に軽く歯を立ててやった。
慌てたように身を引くのがおもしろくて、ポーカーフェイスも限界だ。笑い出したくもなるってもんだ。
それこそ耳まで真っ赤だ。かじりついた方だけじゃなく、顔もうなじも全部。
…うわーこりゃ反則だ。色っぽいっつーかなんつーか。やっぱりなぁ。この人…。
「言いなさい。俺はアンタからそれを貰うまで、やすやすと従ったりはしません」
コレで分からないようなら二度と触れさせたりしない。
ガチでやり合えば負ける。だが俺は忍だ。後が完全になくてもうどうしようもないって解きでもなければ、実力差のある相手に真っ向から向かっていく馬鹿はいない。
つまりはいくらでもやりようはあるってことだ。
「なにを、言えって?」
口布を剥ぎ取ってやりたい。きっと頬も赤いだろう。瞳も潤んでるし、怯えた顔もたまらない。
己の性癖を疑いたくなったが、それはまあ今はどうでもいい。それよりも早く言葉が欲しい。
「言わなきゃ、あげませんよ?」
まあ言ったってやるとは限らないんだが、こういうのははっきりさせておかないとな?
にかっと笑って、今度こそ作り物じゃないその笑顔を向けると、男が涙をポロリと零した。
「好き。だから誰にもやらない」
大分酷いが肝心な言葉は聞けた。それ以上はこれから先になんとかすればいいってことにしておく。
「じゃ、まずはお付き合いからで」
手を取って、齧った方の耳に触れるとひくりと怯えたように身を震わせた。
でっかいのに小動物みたいな人だよなぁ。俺のだって騒ぐくせに、どうも肝心なとこでずれてるっつーか。
まあいいや。これでこの人は俺のモノ。
訳もわからず欲しがるだけじゃなく、この人に俺を請う言葉を言わせた。自覚すれば多少は代わるだろう。この男の方こそ頑固で意地っ張りだ。
これから甘やかしてどろっどろにしてやるが、本当に欲しい物を与えてやるのは、ちゃんとそれがなんなのか気付いてからじゃないとな。
「は、い」
ぎゅっと手を握り締めてくる。その拙さに胸がときめいた。
足取りも軽く月夜の道を歩く。
俺は思ったよりずっと浮かれているらしい。
「月がきれいですね」
くすくす笑いながら言った途端、抱きついてきたこの男なら、きっとすぐに違いない。
ほくそ笑むと、男が切なげに俺の名を呼ぶ声がした。
…どうやら、もう待たなくてもいいらしい。


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適当。
お互い意地っ張りでベタぼれ。
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