歪な関係(適当)


「ん。どうしたの?」
「あ、もう」
「我慢できない?」
余裕たっぷりに笑う男を殴りつけてやりたいが、もうそんな余裕は残っていない。
煽るだけ煽って強請らせるのはこの男の常套手段で、そもそも最初からそうやって追い詰められてその手に落ちた。
すれ違い様に一瞬だけ掠める手を、子どもっぽい構われたがりの人なのかと思い込んでいた己を殴り飛ばしてやれたらいいのに。
上忍である男がわざとぶつかろうとしない限り、通りすがりの人間にぶつかるなんてありえないからな。
あの時なら間に合っただろうか。…いや、こんなイキモノに目をつけられた時点で手遅れだったに違いない。
そうして触れてきて謝って、少しずつ距離を詰めてくるのを、いっそ微笑ましくさえ思っていた。
俺たちくらいの年齢だと、肉親の縁が薄いまま成人した忍が多い。距離感の取り方が多少歪でも、いっそそっちの方が普通だといいたくなるほど普通だった。
話し始めれば話題は豊富で、独りよがりじゃなく楽しませるための会話が出来る人だった。任務では必要な能力なんだから当たり前なんだが、その内もっと普通の、できれば友人関係なんてものを築けたらと思っていたのに。
男の指が、達しそうで、だが達することのできないその先端を、こじ開けるようにして触れてくる。
「…ッ」
今更ながら反応なんか返してたまるかと、口を引き結んで耐えたつもりだったのに、それすらも楽しんでいる節がある。そりゃそうだ。抵抗にもならない。突っ込まれてる時点で、どう足掻こうが逃げられないし、快楽への耐性で、上忍であるこの男に敵うはずがない。
触れ方が変わったのがいつだったのか覚えていない。それくらい自然だった。
セクハラですよと茶化す余裕があったのはほんの僅かな間だけで、その内、人目がなければ触れてくる箇所が、腕や、肩や言い訳のできる場所だけじゃなくなっていった。
そこへ来てやっと、いい加減にしろと怒鳴ることもあったが、相手は無理矢理に近い形で空き部屋に引き込んでくる。
その行為は強引で、こっちの都合などお構いナシだ。多分訴えれば査問まではいかずとも、里長からの警告くらいは食らっただろう。
だが語る言葉に混じる必死さと甘えるような瞳に負けた。諭せば通じるだろうと思いあがっていた。
挙句の果てがこれだ。
「いいの?俺は気持ちいいからずーっとここから出て行きたくないんだけど、イルカ先生はこんなところで繋がってるの見られたら困っちゃうよねぇ?」
それが恫喝や脅迫ならどうあっても突っぱねただろう。
ここがアカデミーの中だろうが、宿直の見回りに間違いなく見つかろうが、そんなものより相手に屈しないことを選ぶ。
それができるなら、だが。
胸に頬をすりつけ、にんまりと笑うイキモノは不適だが、どう見ても甘えているようにしかみえない。この所作に騙されたからこんなことになってるってのに、今日も拒めないのは快感に浮かされたからだろうか。
受け入れる性でもないのに、こんな行為を強いられて、頭のネジが俺の方まですっ飛んだか?
「はやく」
せかすために頭を乱暴に掻き抱いた。そのまま胸に噛みつかれてまるで赤ん坊みたいだと思う暇もなく、高く掲げられた足をさらに広げられた。
「んぁっ…ッ!」
「欲しい?」
ゆるゆると揺さぶられるだけで、肝心の所は触れてもくれない。だがそんな些細な動きだけではしたない声が上げてしまうくらい追い詰められていて、あとはみっともないと考える余裕すら消えて、必死で頷いた。
「…ん。じゃ、あげる。でも欲しいって言ったのはイルカ先生だから、お仕事に間に合うかどうかわかんないけどいいよねぇ?」
それに返事が出来たかどうか、覚えてない。
叩き潰されそうだと恐怖を感じるほどの激しさで、意識が飛ぶまでやり倒されてしまったから。

「もう夜ですねぇ」
「…」
声を出す気力すら搾り取られて、律儀に雑巾で床掃除なんかしている上忍を滑稽だと思うのに意識を手放さないようにするのが精一杯だ。
「ああ、ここで寝ちゃ駄目でしょ。アンタ夜は布団で寝るもんですって言ってたじゃない?」
「っるせぇ」
「声も出ないんだ?じゃ、俺の家で看病してあげるね?ベッド一つしかないから一緒に寝られますよ?ま、隣にそんなえっちな顔して寝てたら何されても文句言えないよね」
倒れた男を、ここに転がしておいてというのを怒鳴りつけて看病したこともあったはずなのに、それからどれくらいたっただろうか。
驚くほど遠く感じられる。
俺たちは歪だ。…正しい形なんて知らなくても、それくらい分かる。
こうして動けなくしてからじゃないと、自分の側に他人を置けないこの男も、それを受け入れれば側にいてくれるこの男を欲しがっている自分も、多分狂っているんだろう。
「風呂、入りたい」
「そうね。じゃ、帰ろ?」
重い体を軽々と抱き上げる男のうなじに、言えない言葉の代わりに噛み付いてやった。
「噛まれちゃった。…後でいっぱいお返ししてあげなきゃ」
歪でこのどうしようもない関係だというのに、こんなにも満たされている。
無邪気に笑う男を触れそうなほど近くで見られることに、こんなことをしてでも欲しがってくれる男に…これからこの男をイヤというほど甘えさせてやれることに。
あれだけやったのに焦れたのか、術まで使って文字通り飛んで帰った。
ドロドロに甘く濁った安寧の海に沈むために。


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適当。
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