獣の策略(適当)

ふかふかの布団に暖かい生き物。これが至福の時間ってやつに違いない。
懐に頭をすり付けてほにゃりと頬を緩ませ幸せそうに笑っている。
「でも起きたらどうすんだろ。この人」
久々に顔を会わせたはいいが、多分この人は目覚めても記憶が残っているかどうかすら怪しい。
たまには一人酒もいいかと立ち寄った店の片隅で所在なさげに杯を傾けていたから、何の気なしに隣に座ってしまった。
誘われた訳でも誘った訳でもない。
そもそも隣にいる男が知り合いの中忍であることさえ認識できていたかどうか。
ただはっきりしているのは、男が酷く寂しがっていたことだけだ。
杯を傾けてはその逆立った髪が萎れて見えるほどに悲しげな声で「寂しい」と俺に訴えてきたときは、驚いたものだ。
日々の忙しさの合間に少しだけ息抜きをするつもりだっただけの自分に、通りすがりに隣に座っただけの人間相手に言わなければ耐えられないほど、その苦しみはこの人を苛んでいたのか。
酒を過ごした男が思いもよらない本音を吐くものだから、ついつい、そう、なんとなく見捨てられずに連れて帰って来てしまっていた。
多分まずいきっとまずい。
犬猿の仲とは言わないまでも、忙しさと以前言い合ったときの気まずさもあって、疎遠だったのは確かだ。
起きてすぐ罵られるまではいかなくても、正気に返ればこんな風に無防備な姿は決してみせはしないだろう。
寂しい寂しいって泣いてたくせに。だったらうちに来ますかということばにそれはもう嬉しそうに笑み崩れてしがみついてきたくせに。
なんとなく…なんとなくだけど、寂しいじゃないか。知らん顔されるなんて。
態度如何によっては、しこたま文句をいってやろう。
そしてついでに…頭でも撫でてやろうか。
あんなに寂しさを垂れ流して酒に逃げるくらいなら、俺んちで…えーっとそうだな、鍋でも食えばいいんだ。
取り敢えず起きたらどうするかは決まった。
今は折角の至福の時を満喫してしまおう。
自分じゃない生き物のぬくもりを感じて眠るのは、心地いい。
気付けば随分と人肌の温もりとは遠ざかってしまっていた。
彼女なんてものがいたのは随分と昔の話だ。
…結局、自分も寂しかったってことだろうか。
懐でまどろむ男がもそもそと俺に擦り寄って温もりを確かめるように触れてくる。
あんまり無防備だから子供たちにするようにぎゅっと抱きしめてやった。
「ふふ…あったかい」
寝ぼけた声に何故か心が痛んだ気がした。
抱きしめるくらいならいつだってしてやるのに。
ああ、それにしてもこの男はその冷たそうな色彩に反して暖かい。
「俺も、寝よ」
襲い来る睡魔に逆らわず、傍らの温もりを感じながらゆっくりと瞼を閉じた。
おやすみ。
*****
目覚めてからはそれはもう波乱万丈の展開が待っていた。
まず、目を開けるなり正座した男が俺を覗き込んでいた。
驚く俺に「おはようございます」と三つ指突いて見せたかと思ったら、すぐさま聞いてもいないのに昨日の己の醜態とやらを…いや、かわいかったんだけど!確かに上忍としては醜態なのか?
まあ、つまりその、昨夜の事情を全部一切合財語り始めたわけだ。俺に。
長い上に動揺しているせいか時折全く脈略なく叫んでみたり呻いてみたりする男をなだめなければならなかったせいで全てを語り終わるまでには随分と時間がかかった。
だが寂しいと泣いたその理由がまさか俺に会えなかったからだと知って驚かされたり、その流れで告白されて。
考えさせてくださいと言って逃げるように出勤したまでは良かったが。
だがまさかその日のうちに受付で、泣き顔を隠そうともしない上忍に「一緒に寝たのになんでダメなんですか…!」などと大声で喚かれるだなんて、想像もしていなかった。
なだめてすかして、耳をそばだてて好奇の目を向けてくる野次馬たちの気配をひしひしと感じながら、家で待っているように伝えるまでにもまた随分と時間がかかった。
泣きたいのはこっちだと叫びだしそうになるし、あんまり悲しそうに泣くから目がとけるんじゃないかと心配になるし、「家で待っててください」って言っただけで顔を輝かせてくれるから思わず仕事放り出して帰りそうになるし!
帰ってみたらちょこんと座った上忍が俺を見上げて嬉しそうに駆け寄ってくるもんだから文句すら言い損ねた。
ホントに寂しかったんだろうな。多分。
だが未だに野次馬たちからの視線が痛い。
どう考えてみてもあれは…証人を作るための工作だったんじゃないだろうか。
とにかく冷やかされるは上忍いじめだなんだと文句は言われるわで散々な目に遭ったので、どこまであの日の姿が本物だったのかは怪しい。
だが、まあ。
冬の間位はそのぬくもりを独り占めするのも悪くないか。
暖かいし。
…最近時々だがにやりと何かをたくらんでいるような笑みを浮かべる男には、気付かなかったことにしよう。
多少の諦めは時に必要だ。
俺の苦労や葛藤などどこ吹く風で、今日もぬくぬくと懐に収まって眠る生き物と平和な眠りに落ちることにした。


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人肌になれてしまうまで我慢するよいこのケダモノです。
実は片思いしてたくせに全くもって無自覚な中忍にはぴったりだったりして?
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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