「あのね。お迎え！」 まんまるのくりくりした目で褒めてとばかりに俺を見上げている子どもには、見覚えがあった。 知り合いの上忍夫婦の所の子どもだ。父さんとも知り合いで、時々この子を連れて歩いているのを見た事がある。 っていっても、挨拶ぐらいがせいぜいだけど。 そこまではいい。でも、おかしいよね？ 確かに今日のあいにくの天気で、ズボンまでびっしょり濡れてしまっている。片手に持つ傘は大人用で、俺とこの子どもは殆ど初対面だ。 もしかしなくても誰かと間違えているんじゃないだろうか。 「えーっとさ、その。イルカ？」 名前を呼んだだけだ。うろ覚えであっているかも自信がなかった。 それなのに目の前の子どもはぱぁっと顔を輝かせて、俺を見た。 「うん！」 かわいい子どもって、きっとこういう子を言うんだろうな。 なんだかキラキラしてる。かわいげがないといわれるばかりの俺と違って、素直で、ちょっと馬鹿で、でもとびっきりかわいい。 あんまり他人に興味なんてないけど、ずっと見ていたくなる。 でもなぁ。この子がここにきた理由はよくわかんないけど、父さんだって家で待ってるだろう。 こんな雨の中この子を放って置く訳にもいかない。俺が説明しても納得してくれるかどうか…って年齢だしね。 一応報告だけは式でしてあるから、多少遅れても大丈夫だろうけど…うーん。まあしょうがないか。 「どこに行くの？」 念のために確認したのは、この子が自発的に俺を迎えにくるなんてありえないからだ。 十中八九、だれか大人の指示で動いているはず。 そうするとこの子の親か、そうじゃなければもっと厄介な相手だろう。 任務馬鹿の父さんがそういうことを思いつく可能性なんて、誰かに吹き込まれでもしない限りありえないしね。 「んっとね！サクモさんと、兄ちゃんと、父ちゃんと母ちゃんとかが待ってる！」 ちょっとでも事情が分かればいいっておもったんだけど、駄目そうかも。 そういやまだこいつすっごくチビだもんな。 背丈だって俺よりずっと小さい。歩き方もちょこちょこしててかわいい。この間産まれた犬の子みたいだ。 兄ちゃん。この子に兄がいるなんて聞いたことない。…ってことはやっぱり。 「先生かな…」 「う？」 不思議そうに見上げてくる子どもが、これ以上ぬれてしまったらかわいそうだ。 「帰ろっか」 「うん！」 元気いっぱいの返事は耳が痛くなるほどだったけど、小さな手を握って歩くのは予想外に楽しかった。 …で、やっぱりか。 「カカシ君！お帰り！」 イルカの家にたどり着いた途端、見たくもない光景が広がっていた。 笑顔の師がまるでここが自分の家みたいな顔でくつろいでいる。首謀者はこの人だな。多分。 「おかえりイルカ君。ありがとう。カカシ、怪我はないか？」 父さん。今日は元気そうだ。任務続きで心配だったけど、ホントなら家で休んで欲しいけど、この人たちと一緒にいると父さんが楽しそうにしてるからな。いつも。 「うん！お邪魔します？でいいんですよね？」 「お！カカシ君！来たか！あがりなさい！」 「おかえりなさい。良くがんばったわね」 お迎えをがんばったイルカへの台詞だと思ったそれは、俺の頭も一緒に撫でてくれたことでどうやら二人分の言葉だったと知った。 なんか、落ち着かない。けど、幸せってこういうのを言うんだろうな。 「じゃ、早速七夕パーティ！はじめましょうか！」 「そうだな」 「二人とも、手を洗ってらっしゃい」 「はい」 「はぁい！いこう！カカシちゃん！んっと、せんめんじょはこっち！」 「ありがと」 ちゃん付けは頂けないけど、まあイルカはまだまだチビだしな。しょうがない。 手を洗って二人して居間に戻ると、大人たちはとっくに酒を口にして出来上がり始めていた。 すごい勢いで忍術について語ってるのは、先生だ。いくらなんでも早すぎるでしょ！ 笑顔で淡々と飲んでる二人はもっと恐いけど、ラッパ飲みしてるのに顔色一つ変えないイルカのお母さんの方がもっと恐いかも。 「たくさん食べてね？」 そう勧められた料理はどれもこれもきれいで、大きなお皿に全員分のってるのかな、これ。いつも一人で食べてばっかりだから新鮮だ。それに星型のにんじんなんて始めてみた。 「いっぱいたべよう！」 「う、うん」 ついいつもの癖で取り分けてしまうと、イルカが目に見えて嫌そうな顔をした。 「にんじんいやー」 「でもほら、お星様だよ？俺、こういうの食べるの初めて」 「そっか…お星様！雨でもお願いきいてくれる？」 真剣な顔で聞かれても、にんじんにそんな術が掛かってる気配はない。 そういえばさっき先生がたなばた？とか言ってたっけ。ここ数日紙切れ持って追いかけられたような…？ 「そうね。きっと大丈夫よ」 「えへへ！じゃあがんばって食べる！」 いいように乗せられてしまったようだ。まあ体にはいいよね。体は忍の資本だし。このチビっこいのが忍になるなんて信じられないけど。 一生懸命お願いしたんだろうから、それが適えばいいと思った。 「おいしいです」 「そう。よかった。たくさん食べてね？」 思い思いに出来上がっている父さんたちを他所に、二人して一生懸命食べた。 いろんな所にいろんな星が隠れていて、ハムだったりブロッコリーだったりするそれを、イルカは特に喜んで食べていた。 こんなにたくさん食べたのは初めてかもしれない。決まった量の食事を必要なだけ食べるのが食事だと思っていた。 「おなか、いっぱい」 「うー…くるしい。お星様いっぱい食べたから、お願い…」 「イルカ、眠いの？」 良く見たらもうまぶたがくっつきそうになっている。チビだもんな。そりゃそうか。俺もちょっと疲れてるけど、任務はそれほど難しいのじゃなかった。 …まあ多分それも先生の差し金だろうけど。良くやるよほんとに。 「あら、イルカ、もう寝る？」 お母さんに抱っこされているイルカはいかにもチビで、食ってすぐ寝る所も犬の子みたいでかわいい。 それにちょっとだけうらやましい。母さんに抱っこされた記憶なんて、俺には残っていないから。 イルカも忘れちゃうんだろうか。いつか。 「雨、あがらないかなぁ。うー…」 眠いのに諦めきれないらしい。そういえば先生も同じこといってたっけ？ 「ようし！せんせーにまかせなさい！」 「手伝おう」 「カカシの願いも叶って欲しいからな」 男三人がわらわらと騒ぎ出したかと思ったら、よろよろとよっぱらったままの先生を先頭に庭に出て行った。 何する気だろう。 不穏な空気にもイルカは少しも動じずに喜んでるけど。 「「「雷遁！！！」」」 凄まじいチャクラが迸った。思わずイルカを庇って抱きしめると、そのままイルカごとイルカのお母さんにしっかり抱きしめられていた。っていうかなにやってんの父さんたち！ 「やーはれましたな！」 「うまくいったな」 「ようし！これでみんなのお願い聞いてもらえるね！」 確かに雨はやんだ。空を覆っていた分厚く灰色の雲が残らずきれいに吹っ飛ばされている。 もうだめだ。三人ともよっぱらってる。雨雲術で吹っ飛ばすなんてきいたことないよ！ でも、イルカは。 「やったぁ！これでお願いきいてもらえる！とうちゃん！さくもさん！にいちゃん！ありがとう！」 「いやなに。かわいい一人息子の…まあお願い内容に関しては色々と」 「お安い御用だよ！なんてたって、俺は火影になって、かわいいお嫁さんをむかえにいかなきゃいけないからね！」 「カカシ、きれいだな」 三者三様。むちゃくちゃだけど、仲がいいだけあるっていうか。 「イルカ、お星様のデートの邪魔しちゃいけないから寝ようね？」 「うん！」 イルカを連れて行くつもりがお風呂に案内されて、半分眠ってるイルカを洗って俺も体を流して、そしたら布団まで用意してあって、もう父さんたちもいつの間にか転がされていた。 すごいな！イルカのお母さんって！ 「カカシ君も泊まって行ってね？」 「はい」 申し訳ないなぁって思ったけど、イルカがすっごく嬉しそうにしてたから、いいことにした。流石に父さんを担いで歩くの無理って訳じゃないけど大変だろうから。 一緒の布団に潜り込んだら、イルカがわくわくした顔で待っていた。 「カカシちゃ…おやすみ」 「うん。おやすみ」 暑苦しいはずなのに寝苦しくない。むしろ不思議と安心できた。 いい夢がみられるといい。それから…この子のお願いが叶いますようにと願って、瞳を閉じた。 ちなみにこんなことになった原因が、イルカが短冊にカカシちゃんと結婚したいって書いたっていうのを知るのは、翌日笹をかたづけたときのことだった。 それから何年も先になって、その夢が叶ったのは…もしかすると本当にお星様がかなえてくれたのかもなんて思っている。 ******************************************************************************** 適当。 たなばた。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |