へんなひと(適当)


「ま、要するにそれだけなんだけど」
にこにこと世間話をする体で語る割りに、男の語る内容は決して穏やかではなかった。
「イライラするのもわかりました。見てると殺したくなるっていうのは流石に物騒だと思いますが、それならば今度受付のシフトをお渡ししますので自分の担当する時間帯は避けて頂けると助かります」
本当なら受付を止めてしまいたい所だが、元々人手不足だ。子どもたちの成長を見たいというのも勿論ある。
その上自分で言うのもなんだが、受付暦は長い。その分手馴れているから、はっきり言って戦力になっている。早々あっさり止めさせてなどくれないだろう。
「ふぅん?」
つまらなそうな顔されたって、こっちだって困る。
今更その程度の台詞で怯えられるほど弱くもないし、相手の望むものがわからないというのに下手に演技をする気もない。
どうせ見抜かれるからな。…なにせ相手は…天下の上忍様だ。それも凄腕のなんてこの場合有難くもない形容詞まで着くような。
それに言われたのは言ってみればありふれた台詞だ。
これまでその手の台詞は耳にたこができて集団で海に旅立つほど聞いている。
…それでこの人がどうしたいかってことも言わないから、それならこっちが避けるしかないだろう?
といっても限界はある。受付のシフトをこの人のいつ入るか分からない任務に合わせる事なんてできるはずはない。
だから最大限の譲歩をしてるってのになんなんだこの人は。
「報告書には問題ありません。お疲れ様でした」
多少慇懃無礼に聞こえようが構うものか。
イラつくモノなどこの人だって見ていたくはないはずだ。
さっさと会話を打ち切って、見るとイラつくという顔も伏せて出て行ってくれるのを待ったのだが。
「じゃ、死にたくないってことでいいのね?」
意外そうにいうから面食らったというか…一瞬言葉を失ったが、すぐさま怒りが湧いてきた。
「当たり前です」
そういえばこの男には確かかつて死にたがり打かなんだかって言う二つ名もあったはずだ。
高ランクの任務ばかり引き受けていたせいだろうが、この言動なら頷ける。
だれが死を望むものか。二親が命を張って守ってくれた里を守ることも出来ずに死ぬわけにはいかない。
せめて、理不尽なことが減るようにあがくことしかできないでいるとしても、この男にそんなわけの分からない理由で死を望まれること自体が不愉快だ。
…ああくそ…!もうちょっと、せめてもう少しでいいから強ければ。
上忍にはなれるだろう。望めば。三代目もそれを望んでいたこともある。
だがこの男には手の届かない位置にいる己の不甲斐なさが苦しいし悔しい。
「じゃ、いいよね。しばらくさぁ。一緒にいるから」
「は?」
どうしてイライラする相手と、それも殺したくなるほどの相手と、そんな話になるんだろう。
この人、戦いすぎて頭がどうかしてるんだろうか。
「だってそんなに隠すのが下手くそなら、どうして殴られてやるの?いいじゃない蹴散らせば」
そうか。見ていたのか。いやむしろ監視されていた可能性もあるか。この人はあの子の上忍師だが、その目的きっとそれだけじゃないから。
監視役。…そのために周囲の状況を探ろうと思うのは理解できる。
「一般の里人相手への暴力も忍術の行使も、原則禁止されています」
命の危険を感じることでもあれば別だが、忍でもない相手に棒切れで殴られたくらいなんてことない。チャクラでガードして致命的なダメージは避けてある。多少のあざくらいは不審がられない程度に残しておくことはあるが、わざわざ幻術を使うのも面倒だ。
…それに忍相手なら容赦してないしな。どんな事情があっても里を守るための規律を守れないなら、その相手は忍として扱うに値しない。
「だから俺とセットならいいでしょ?」
なんでそうなるんだ。
そう思ったことがそのまま口に出ていたらしい。
男が覆面の奥でにんまりと笑ったのがわかった。
「だってこの目があるから早々寄ってこないもの。それにさぁ。アンタだって無駄に怪我しなくて済むでしょ?」
「そうですね。で、あなたにメリットは?」
あの子は正直言って幼いとかそういう以前にちょっとそのう、注意力に欠けるところがあるから、服に隠れた俺の怪我に気付くことはまずないだろう。気分の変化には敏感で、元気がないとすぐに心配してくれはするんだが。
上忍師であるこの人に迷惑ということもないはずだ。
「またこの人怪我してるって思わなくて済むし、死にたがりは大嫌いだけどそうじゃないならイライラしなくて済むでしょ?」
いまいち言いたいことがわからない。…だが要するに無駄に怪我をしているように見えるんだろう。
「お気遣いなく。自力でどうとでもできます」
正直言って係わり合いになりたくない。
気遣ってくれているのかもしれないが、理解できない相手の側にいるくらいなら、多少の怪我などどうでもいいことだ。
「あとね。好き」
「は?」
意味がわからない。
「死にたがりは嫌いだけど、そうじゃなくてただの意地っ張りでしょ?死にたがりなんて好きにならないって思ってたけどそろそろ限界だったし」
「えーっと、なんの話なんですか…?」
とりあえずこの人は男だ。当然俺自身も。
ここまで会話が成立しない人は初めてかもしれない。
「んー?…こういうこと」
電光石火とはこのことだ。口布をいつ下げたか見えなかった。
視界一杯に広がる男の顔は大層美しく、まつげなんてビックリするくらい長い。
…だがなんでキスなんてしてくるんだコイツは!
「んー!んー!」
暴れてもがいて髪まで引いたというのに、男は好き勝手に振る舞い、自分が満足するまで俺を話さなかった。
舌まで入れやがった…!
「じゃ、よろしくねー?」
「ちょっ!いりません!断る!待ちやがれ…!」
そうしていくら喚いても理解できない上忍の行動は当然のことながら理解できなかったわけだ。
さっさと帰ったはずの男は、その日から俺のストーカーをやっている。
「今日の晩御飯はなんですかー?」
「さぁ。失礼ながらはたけ上忍には関係のない話です」
「野菜足りないんでしょ?どうせ。俺が作るって言ってるのに」
「どうぞご自分の分はご自分で」
「そ?じゃキッチン借りるね」
「俺の家に勝手に入るなっていってんだよ!」
「勝手にじゃないでしょ?あ、おじゃましまーす」
「何で毎回そうなんだアンタはー!」
なんでこうも堂々としてるのか…。生まれる前にどこかに常識を落としてきたに違いない。
「ま、愛でしょ愛」
家に入った途端素顔を晒して台所を占拠する上忍。ありえない。
もっというなら風呂も勝手に入るし布団も勝手に敷くし、それなのになぜか俺のベッドに入り込もうとするし!
俺の生活は確実にこの上忍に侵食されている。
…確かに襲撃はなくなったが、全くもって嬉しくない話だ。
「どうしてなんだ…」
力なくうなだれて畳を叩く俺に、男が微笑む。
「既成事実って素敵なことばですよね」
それが一方的に始まったこの生活のことなのか、ベッドに入り込もうとしたときに仕掛けてくる卑猥な行為のことなのか定かではない。
…だがとにかくもうどうしようもないことだけは分かる。
平穏な生活は戻ってこないんだろうということに、俺は静かに涙したのだった。


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適当。
やってきた悪魔はついぞはなれることがなかったそうで。
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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