溺れる日々(適当)

もう年も変わったというのに、この男は相変わらずだ。
「ただいまー。イルカせんせ!」
 しがみ付いてきて耳の後ろの匂いを嗅ぐのにも、ついでに甘噛みしていくのにも、最初は面食らったがいい加減もうなれた。
 犬のようなというより、この男は犬そのものなのだ。
 上にはそれなりに従うが、格下は庇う。それから、独占欲が異常に強い。
手当たり次第、目に付いた相手と…どうやら男にとっての主人である俺の寵を競う。
この男の方がずっと格上で、それがどんなに周囲の不況を買おうとお構いなしだ。
勢い、俺が苦労する羽目になるのだが、却ってそれを楽しんでいる節もある。
 がなり立てる老人たちとやりあうのも、頭を抱える里長を慰めるのも、もう慣れ切ってしまった。
 むしろ老人たちの方は諦めている節もある。…その内、飽きると。
 里長の方がその点ずっと懸命だ。俺に切々と謝罪の意を訴えてきたから。
 あれは諦めることはないだろうから、何とかしてやりたいが逃げ切らせてやることもできないと泣く、父親のようにも祖父のようにも思っていた人に、ついに俺の思いを言うことはできなかったけれど。
 だって、拾ったのは俺だ。だからこれは俺だけのものだ。誰にも渡さないし、どこかへ行くのも許さない。
 そう思っている事を知ったら、あの人はどう思っただろうか。
 大丈夫だと笑うことしかできなかった俺に、苦渋に満ちた謝罪と涙をくれた里長は。
「おかえりなさい。お風呂入ってきなさい。ご飯、用意しておきますから」
 ゆっくりと撫でてやるとそれはそれは嬉しそうに目を細め、その指先にかじりついてきた。
「たべたい」
 その意味が分からない程鈍くはない。
 そもそも拾ったときからこの男は変わっていないのだ。
 任務帰りに拾って、連れ帰って、手当てのために洗って飯を食わせて寝かせるはずが、寝るの意味が途中で変わっていた。
 じーっと人を見ているから、術か薬で喉でもやられたかと心配していたのに、開口一番「馬鹿だけどかわいいから、あんたにするね」なんていいやがった後、男を押し込みかけていた布団に俺まで引っ張り込まれて、いきなり…思いっきり噛み付かれた。
 殺されるかと思う程に強く首に食い込んだ歯は鋭く、俺の動きを封じるには充分で、それをいい事にこの男は嬉しそうに俺を抱いた。
 腹が立つより意味が分からない。
 ただ目覚めてすぐに男が俺を見て笑って、「これでもう、俺のだ」なんて言うから心臓が止まるかと思った。
 「なら、どこにも行かない?」そう聞いてしまったのが運の尽きだ。
 「どこにも行かないし、俺はアンタの物だからだ大事にしてよ?」何故か胸を張ってそう答えたときから、この男は俺のもので、俺もこの男のモノになった。
 だから、誰にも邪魔はさせない。
 見合いを勧めろと押し付けられた釣り書きは、男が突っ返した。女を差し向けるといわれて慌てて帰れば、気が触れかかった女が追い出されるところで、しかもそれを送り届けようとしたのに押し倒された。
 その熱心さには上層部も舌を巻き、とりあえずは放置すると決めたらしい。それ以来鬱陶しい嫌がらせも高圧的な命令もなくなり、代わりのように向けられる侮蔑の視線には、男が威嚇を返している。
 お陰で俺の犬が俺を噛む頻度が上がった。こう見えて結構神経が細いし、心配性なんだからこれ以上刺激しないで欲しいもんだ。
 かじりつかれたままベッドに連れ込まれて、胸元に顔をうずめる男を抱きしめた。そのままあやすようにキスをしてやる。こうすると男が喜ぶのだ。
「ん、もっと」
 押し付けられる硬いものからして、今夜の飯は諦めるしかなさそうだ。それにこの勢いだと朝だって立つのも辛いかもしれない。
 まあしょうがない。男は俺のモノなんだから。
 じゃれあいから本気に変わり始めた愛撫に応えながら、俺は湧き上がる幸福感と押し寄せる快感に浸ることにしたのだった。


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適当。
なんかこうやんでれら。
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