さくら さくら(適当)



「春ですねぇ」
「そうですね」
桜を見上げてふわふわの髪をそよがせている上忍の頭にも春が来てるんじゃないかと思う。
猫のように目を細め、気持ち良さそうに木の下に足を投げ出し、幹に背を預けてにっこりと微笑んで、まさにひなたぼっこでも楽しんでいるようだ。
のんびりした声がよりいっそうそう思わせるんだろうか。
どう考えてもそれ所じゃない状態だってのに。
「イルカせんせと、お花見かぁ…」
「花見ならもっと綺麗所と行って下さいよ。…止血します」
血まみれの男が落ちているなんて報告を受けて飛んでいってみれば、友というには遠く、ただの知り合いというには近しい人が、文字通り血だるまになって転がっていた。
それもへらへらと笑いながら。
他の忍なら毒か幻術でも食らって錯乱したんだろうと思うかもしれないが、この人に限ってはすぐに違うと分かった。
元々奇行が多い人だってのもあるが、この場所は里外れで人など殆ど来ない。そして奥まった所にあるこの桜を知る人は、ほぼゼロに近いのだ。勿論帰還ルートからも外れている。
この場所を選んだってことは、自分の負傷を隠したかったか、何がしか己の身を隠したいという判断をしたんだろう。
桜が咲いていなければ、きっとこの人はずっとこの場所に転がっていたはずだ。
…緩やかに血を流し続けながら。
「汚いから。ね、だいじょぶ」
逃げようとする手を掴むことは簡単で、普段なら本気になれば触れることなどできないはずなのにこの程度の抵抗しかできない辺り、この人は相当に弱っている。
弱っているくせに手当てを拒む。
汚いなんて下らない理由で。
「だいじょぶじゃねぇ!…そんなに風呂に入りたきゃ、止血したら俺んちで洗ってやりますよ。ああでもしばらくはシャワーだけですからね」
血だらけの見た目の割りに傷は浅いものが多く、胸をなでおろした。
屠ったモノたちのものも混ざっているんだろう。
一際深いのは太腿の辺りを一閃した刀傷で、そこをまず真っ先に止血した。
「縫うの?」
「ええ」
かがみこんで忍服を破いた。とっさとはいえ医療キットを根こそぎ持ち出してきてしまったのは悪かったかもしれないが、お陰で手当てに手間取ることはなさそうだ。
顔を寄せて傷口を確かめる。毒の気配はなさそうでホッとした。組織が腐ったりもしていない。血が止まらないタイプの毒でも食らっていたら、と不安だったが、これならここでの手当てで何とかできる。
「ひわい」
「はぁ?」
失血で頭がおかしくなったんだろうか。ひわい…って、卑猥、か?
「あー…でもあんまり勃たないなぁ。血が足らない?」
その台詞に思わず股間に目をやった。…確かに膨らんでいる。あんまりって…おい。これ以上でっかくなるのか?ってそうじゃなくて!
「出血が増えるんで、それ大人しくさせてください」
「えー…やってるんですけど、だってイルカせんせがかっこよくてえっちだから」
「…もういいです。目、閉じてなさい」
「ちゅー?」
「寝てろってことだ!」
相手はけが人で判断力も下がってて、正常じゃないんだ。
そう何度も己に言い聞かせながらせっせと手当てをし、眠っているかは怪しい上忍に声をかけることなく担ぎ上げた。
背中に背負うと自分よりわずかとは言え背が高いのが災いして、運びにくいことこの上ない。
…背に当たるごりごりしたモノは、股間に巻物でも仕込んでるんだと思い込むことにした。
「ふふ…花見、たのしかったですね。惜しかったなぁ。もうちょっと血が」
「黙れ。舌噛みますよ」
さっさと病院に放り込んで医療班に毒の有無をチェックしてもらおう。
そう決め込んで全力で走った。
舞い散る桜は酷く美しかった。
*****
「おふろーはいりにきましたよ」
「は?」
翌日の早朝。病院に放り込んで輸血だのなんだのを受けていたはずの上忍が玄関に立っていた。
手当ての状況を褒められはしたが、すぐに治るもんじゃないのは明らかだったのに。
「お花見、また行きましょうね?」
包帯は外していない。そのことにホッとしつつも、つまりそれは包帯まみれにならなきゃいけないだけの負傷をしてるってことで。
「病院にもどれ!なにやってんですか!」
「だっていいっていったじゃない。洗ってくれるんでしょ?」
頬を膨らませて分かりやすい不満顔だな。この上忍様はどうやら俺の揚げ足を取るためにわざわざ押しかけてきたらしい。
「怪我が治ったらです」
「じゃ、もう治りました」
「馬鹿言うな!」
駄々を捏ねる俺より年上の男の扱い方がわからなかった。
…けが人じゃなきゃ拳骨くれてやってる所だ。
「馬鹿でもいいじゃない」
「は?わっ!」
いきなりしがみついてきた。まるで子どもだ。
「治るまで面倒見てよ」
泣きそうな顔も、不安でいっぱいの瞳も、全部が。
「…体の怪我の方だけなら」
頭の中身の方は…なおらなそうだもんな。一生。
そういって頭を撫でてやっていた俺は、そのときこの男が俺で勃起するようなイキモノだってことをすっかり忘れていた。
その報いはかなり早い段階で受けることになったんだが。
…上忍様の回復力はいろんな意味で恐ろしいと身をもって学んだ。
「拾ったのはイルカ先生ですから。ちゃんと責任とって下さい」
胸を張るこの馬鹿をどうしてくれよう。
…この馬鹿な所がかわいいと思う俺をどうしたらいいんだろう。
混乱の中、とりあえずきゃあきゃあ騒ぐ男に口付けておいた。
縋りついて愛とやらを囁き続けるイキモノを黙らせるために。

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適当。
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