せいぞんほんのう(適当)


「死にたいの?」
血まみれで転がってる同胞相手になんていい草だ。
とはいえ同じ木の葉の忍でありながら、樹上から見下ろす男とは立場は違いすぎるほどに違う。
そう思えばこの態度も当然か。
「いいえ。…ですが、あなたの任務を。どうぞ行って下さい」
…つまりはそういうことだ。
暗部とただの中忍じゃ、能力と責任ってものが違う。
情報の奪取と同時にそれを式に記して飛ばすのが俺の任務で、それを元に敵を叩き潰すために動くのが彼ら暗部だ。
俺の任務自体はすでに達成しているし、たかが中忍一人、例え途中でしくじって帰還できなくてもいくらでも代わりがいる。
だがこの人が俺のために任務に向かうのが遅れでもしたら…それは里にとって大きな損害となりかねない。
雑兵と一騎当千の差ってことだ。
気配を殺す必要ももうすぐなくなりそうなほど弱ったこの体を、わざわざ敵も探しはしないだろう。
元々、俺一人手にかけたところでもう手遅れだということを、敵も理解しているだろうから。
意味のないことに人員を裂くよりは、己の背後に迫る強敵から逃げる努力を優先するはずだ。
帰れる可能性が低いことを理解して引き受けたこの任務を、達成できただけでも御の字だ。
怪我は深いが、情報がすでにこちらに渡ったことを悟った敵が、腹立ち紛れに襲って来たに過ぎない。全体を考えれば、中忍一人の犠牲に対しては十分すぎるほどの結果だ。
手や足に散らばる掠り傷に、極めつけは腹にも一撃を貰ってしまっている。この人が里に連れ帰ってくれたとしても、助かる可能性の方が低いということも理解している。
死にたいかといわれれば当然否定するが、死に掛けのこの体を生かすよりは、この人が戦ってくれた方がよほど効率的だ。
…ただおいていかなくてはならない子どもが心配で心配でどうしようもないから、最後まで足掻くつもりではあったが。
「ヤダね。潔いのは嫌いじゃないけど、もうちょっと命汚くなりなさいよ」
忍の、それも戦いの中に身をおき、常に危険性の高い任務につく身で、随分と面白いことを言うものだ。
「命汚さなら筋金入りです。死ぬ気はないので、どうぞ…先、に…」
ああくそ。せめて一気に言えていたら様になったものを。
強情を張る中忍など面倒でしかないものなど、捨て置いてくれないだろうか。
「そうね。連れてく」
担ぎ上げられ、傷の痛みに呻いた。
汚してしまうなと、ふいにそんなことも思ったが、口からこぼれるものはもう言葉の体を成していない。
どうにでもなれ。
逃げ出してきた方向に向かう男の背で、そう思ったのがそのときの最後の記憶だったと思う。


「おはよ」
「うぇ?あ、おはようございます?…ってて…!」
いきなりしがみ付かれた。それも見知らぬ男に。
目に見える範囲では服は身に着けていないようだが、包帯だるまになっている所をみると血で汚れすぎていた忍服は廃棄されでもしたのだろうか。
それにしてもいきなり抱きつかれる理由が理解できないのだが。
「うん。生きてる」
胸元に頭を乗せ、掻っ捌かれて赤黒いものを吐き出していた腹を、その白い手で撫でている。
痛みはあるが、あの命が流れ出す感覚が消えている。
「え、あ。そうだ。俺」
唐突に思い出した。いや、朧にかすんでいた意識がはっきりしたとも言う。
どうやら助かった。…らしい。
「優秀な医療班と、あと俺に感謝してね?たっぷり」
「は、はい!ありがとうございます!」
そうか。確かに医療班がいるなら里に戻るよりもずっと確実だっただろう。現にそのおかげでなんとか命を繋ぎ止めることができた。
素直に嬉しくて礼を言ったのだが、男はなにやら薄気味悪いほどに笑うばかりで離れようとしない。
…そういえばなんだろう。この状況。さっきの口ぶりからして、この人自身が医療班ということはなさそうなのだが。
「感謝の気持ちは元気になったら貰うから」
なんだこれ。つまりは礼は形でというやつか。…同胞相手にとわずかならず気に障ったものの、生き残れたのは事実だ。
「はぁ…その、あまり手持ちはありませんが…」
法外な金額を吹っかけてきたら、三代目に訴え出てやろう。
そんなことまで考えながら近すぎる顔を見つめていると、唐突に男の瞳に炎のよう何かが揺らめいた気がした。
「んー?金とかじゃないから。でもちょーだい?アンタすっごくイイんだもん」
「へ?」
「だってさぁ。血まみれで足掻いてたから助けようと思ったのにへたくそな演技して、そのくせ後悔してますーって顔するから。でもアンタあの時自分の命諦めてたもんね」
「う…っ!」
見られていたのか。あの時すでに意識が飛び掛っていたから、確かに表情まで気を配れていたかどうかも怪しい。
「よろよろしながら立とうとするし、はったりかますの失敗したーって顔で見上げたとき、アンタ何したか覚えてる?」
「いえ、全然全く欠片も」
意識も怪しい状態で誤魔化そうと必死だったことしか覚えていない。
だからむしろもう黙ってくれといいたい気持ちを抑えながらそれだけ告げると、男はにんまりと笑った。
「こんな所で死んでられないって、そう言った」
「え?」
そうか。そんなことを。確かにそう考えていた気がするから不自然じゃないが、さぞや男にとっては不可思議だったのだろう。
「なんだ諦めてないじゃんって思ったら、なんかもうすっごく欲しくなっちゃったの。でもアンタ血まみれだし、そのまま落ちちゃったし、突っ込む前に死にそうでしょ?」
なんだそれは。
諦めてなかったのは事実だが、どうしてどこをどうやったらその結論が導き出されるんだか皆目見当がつかない。
「ってことで。元気になったら末永くやらせてね?」
「い、いやそのあのですね!?と、伽の経験なんて俺には…!」
「処女も嫌いじゃないから」
「…その例えはどうかと思います…!」
「ま、早く元気になりなさいね?あと勝手に死なないように」
「…はぁ…」
一方的に約束させられた気がするが、頷いてしまった以上これは断れないってことなんだろうな…。
というか、強引にことを運ばれたら、そもそも敵わない訳で。
「じゃ、おやすみ」
抱き込む腕は、血を失って冷える体を温めてくれる。
…まあいいか。こんなごつい身体、一回やったら諦めるかもしれないし。
一回やることをすでに容認している時点で、自分でもおかしいとは思う。
思うんだが、なんだろう。この男は命の恩人で、それから…それから多分酷く変わった人間だ。
どうしてか放っておけないって気分にさせられる。看護されてるのは自分なのにな。
起きたら多少事情もわかるだろう。なんにせよ傷を治すのが先決だ。
「…おやすみなさい」
襲い来る眠気に逆らわずに瞳をとじた。
この染みこむような熱を、いつの間にか俺の一部になってしまいそうな男を、少しだけ恐ろしいと感じながら。


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適当。
ふわふわ本能暗部といじっぱり中忍。
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