武将の人―温泉編9(適当)


イベント会場で読みたいとおっしゃってくださった方がいらしたのでこそっと連載予定。
前のお話はこれ⇒武将の人-温泉編8の続き。



「えーっと。靴も買わなきゃいけないみたいだから後で下のフロアに行かなきゃだけど、とりあえずインナーと、靴下とかかな?父さんははどういうのがいい?」
「…違いは?」
「んー?模様とか材質とかなんだけど。ほらこっちの赤外線とかいうのは湯冷めしにくいって。あ、でも父さんにはあんまり関係ないと思うんだよね」
「そうか。ならこちらの方が返り血が目立たないからこれを」
「えーっと。戦闘なしで済ませるつもりだから。あといざとなったら代わり用意しといて処分しちゃえばいいんだし、好きな柄のでいいと思うよ?下着だから外からは見えないし。ま、父さんはどんな色でも似合うけどね」
「…下着…」
ケダモノがじいっとこちらを見ていることの他は、中々微笑ましい光景だ。とはいえ、本来ならこの状況であれば親が子に選んでやるべき立場だというのに、あの阿呆は何をやってるんだ…!
ま、まあ何を言ったところで通じるべくもないというのは、たっぷり経験済みだが…。一般常識というものが欠落しているからな…。小僧はよくもまああそこまで無事に育ったものだ。あそこまで酷いと、いっかなわが子を付け狙っているといえども流石に捨て置けん。
つつがなく買い物を済ませたいところだが、あのままでは時間が掛かりすぎてしまうからな。必要そうなら助け舟を出すのも止むを得まい。
それよりなにより!久々にイルカとの買い物…!いつの間にか育って以前のサイズではやや小さいようだ。ケダモノと小僧と一緒というのは不快ではあるが、これまでも任務続きで随分寂しい思いをさせてきたから、こんな機会でも大切にしなければ。
早速、両手に靴下と下着を抱えたイルカが喜び勇んで駆け寄ってきた。
「父ちゃん!これとこっちどっちがいいと思う?青いのもいいんだけどさ、緑もいいよね?あとさ、あとさ、この黒いのも…」
「うむ。そうだな…イルカにはこっちの方が似合うと…」
妻に似てかわいらしい顔立ちの愛息子にはどんな色でも似合うだろうが、やはりここは青だろう。昔から青い物がお気に入りだったからな。文房具に玩具にと、気付けば家にイルカの持ち物は青いものばかりになっていたくらいだ。きっと今回もそうだろうと勧めてみたというのに、かわいい我が子は利発そうな瞳をくりくりと動かして、不思議そうに首を傾げて魅せた。
「え?カカシのだよ?カカシはさ、なんでも似合いそうだけど、いっつも黒ばっかりだからやっぱり青がいいかなぁ?」
カカシカカシと…!くそ!またあの小僧めか!さすがアレの血を引いているだけある。いやアレと引き比べるのは流石に哀れになってくる程度には常識があるが、どうにも油断がならんところはそっくりだ。見てくれも似ている上に、根本的に傍若無人な振る舞いをするところも良く似ている。
買い物籠に選んだものを放り込んだかと思えば、もう一度眺めつすがめつしてまた悩み始めているようだ。
クソガキのことでこんなに悩むなんて…!うちの子の優しさに付け入るような真似を、いつまでも看過できるはずもない。
「ぬぅ…!そ、そうか、ならそのどっちでもというか…クソガキめ…!」
とっとと選ばせて、あのケダモノごとどこかへ捨ててしまいたい。あのケダモノはどこへ捨てても戻ってきそうだが。それにクソガキも十中八九、しれっとした顔で捨てられる前に逃げ出しそうだ。
なんて厄介な連中に目をつけられてしまったんだ。うちは。
「ウミノサン」
「ひぃっ!き、貴様もきちんとその、下着と靴下を揃えてだな…!」
くそ…!イルカに気を取られていたとはいえ後を取られるとは…!
先ほどの悪夢が甦る。サウナでもとんでもない行為に及ばれそうになったが、着替え中も執拗にネットリとした視線を向けてきて、牛乳を飲んだ後トイレに行こうとしたらついてこようとしやがりおって…!
たまたま銀髪小僧があえて邪道のコーヒー牛乳の味見をしたいと強請らなければ、俺はきっとまたとてつもなく不愉快な目に遭っていたことだろう。
「ウミノサンはどれがいいと思うか教えて欲しい」
教えを請われるとなんだか哀れに思えてきた。一応は靴下を、それも比較的普通の商品を選んできているのに無碍にするのもな…。コイツは筋金入りの阿呆だということは確定している訳だし、何を言ったところで馬の耳似念仏だ。
さっきも髪を洗うときにびしょ濡れになった途端、哀れっぽくみえてつい。妙に顔が整っているせいもある、のか?それから妙な色気…いや、気のせいだな!気の迷いだ!
「あー…そうだな。行きと帰りの分は確実にいるから今持っている物を全部買ってもいいんじゃないのか?宿では浴衣だろうが、小僧と散策にでも行くなら服を着込んだ方がいいだろう」
どうでもいいという本音は滲み出ていただろうが、一応はそれなりのアドバイスをしたつもりだった。
「ウミノサンにはコレも似合うと思う」
「なんだと?…お、おい?なんだこの下着は!」
いつの間にやら側に突っ立っていたケダモノから手渡されたのは、真っ青なボクサーパンツ。しかも元々ぴっちりしている下着だとはいえ、それはさらに妙にぴっちりというか…食い込みそうなデザインだ。これでは肝心のところが隠れん上に、こんなヒモ一本分しか面積がないと確実に尻が痛むだろう。
ふんどし、又はトランクスを愛用している俺にとっては未知のシロモノだが…何故こんなにもぴったりした下着が存在するんだ?身動きし辛いことこの上ない。
「父さん。別に支給服と同じじゃなくてもいいんだって。ほら、これとかこれとかさ」
そう言う小僧が勧めているのは至って普通の一般的な下着…つまりはトランクスやブリーフだが、ケダモノは不思議そうに眺めた後何故かこっちを見つめている。もちろんずっとヒモのような下着を握り締めたままだ。
そういえば暗部に入隊したときにこれと似たような物を支給されたような記憶がかすかに…?いくらなんでもといつも通りふんどしを身につけたが特に何も言われなかったから今に至るまで着用したことはない。
見れば見るほど奇妙で、実用性に乏しい下着だ。そしてやはり良く似ている。
確かに暗部装束はぴっちりしていて、相対した敵に捕まられにくい構造ではある。それを損なわないようにしようとするあまり、やりすぎてしまった感がある。
…まさかコイツはそれしか下着がないんじゃあるまいな?そういえば妻がそんなことを言っていたかもしれん。確か支給服以外に碌な服がないから買い込んでくるようにと。
それはつまり、まさか下着も一切マトモな物を持っていないということだったのか。
「…父さん。教えて欲しいなら聞かないとだし、見てたいのはわかるけど買い物が先だよ?晩御飯の仕度もあるんだから」
「わかった」
まるで家庭を守る主婦のような台詞を吐いた小僧が、せっせと俺の愛用品に近い商品を手にとってカゴに放り込んでいくのをしばし呆然と眺めてから、これももしかしてコイツの性的な嫌がらせの一環なんだろうかと感じ始めていた。いやむしろそうであって欲しい。下着の選び方すら分からないなんてことが事実なんだとしたら、不憫すぎるだろう。小僧が。 うちの子にちょっかいを掛けてくるのを認める気もなければ、妙に達観した態度も気に食わないが、よくぞここまで無事に育ったものだと思うと…。
「父さんはこれ。あとは靴下もこれとこれとこれ。あと下着は…どうしてもそれがいいなら構わないけど、これなんかいいなじゃないかな?うみのさんとお揃いだよ?」
「そうか。ではそれを」
ケダモノめが、何故か満足げに頷いて、息子から俺と揃いの下着を受け取った。しかも今着ているものと同じ商品だ。
いつの間に俺の下着の種類まで把握されているんだ?
全身の皮膚が総毛立つ。ぞわぞわするのを堪えつつそっと様子を伺えば、ケダモノめは相変わらず上の空でやたらとこちらばかり見ている。くるくるとよく立ち働く小僧は、いつの間にかうちの愛息子と一緒にお互いの下着を選んでいるようだ。
「カカシはこれな!」
「俺は…ね、これとかどうかな?イルカに似合うと思うんだ」
…側に立つことくらいは許してやってもいいが、誰の許しを得てそろいの下着を買うなどという暴挙に出とるんだ!クソガキめ!
父ちゃんもお揃いには憧れが…なんて、口が裂けても言えんがおのれ小僧…!
腹立ちまぎれにいつも通りの下着と靴下をカゴに入れ、どかどかと足音が立つのも構わずにイルカと小僧の間に割り込んだ。
「おい!下着はそれでいいな?さっさと服を…!」
「はーい!へへ!お揃いな!」
「うん!お揃いだね!」
ナニを見詰め合ってくださりやがるのか…!やはり早いうちにこのクソガキにはたっぷり思い報せておくべきだろうか。情状酌量の余地があるとはいえ、うちの子にみだりに触れるんじゃない!
さっとイルカの手を引いてレジへ急ぐ間にも、何故か小僧まで手を繋いでいて、背後にはめっとりと着いてくるケダモノがいて…。
折れそうになる心を叱咤激励するのに忙しかった俺は、ケダモノが嬉しそうに怪しげな下着を買い込んでいたことに気付かなかったのだった。

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適当。
おそろいに興味津々な白い牙。と、わが子のおそろいにピリピリする父ちゃん。
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