カクテルカラーブルー(適当)


「青い…」
「…えーっと…どうしましょうね?」
真っ青な、いっそ美しいとさえ言えるほどに鮮やかな色彩を放つそれは、だがしかし食い物には決して見えなかった。
飴玉か、ゼリー、あとはカキ氷か、百歩譲ってケーキなんかならまだ分かる。食べたいかどうかは別として、まあそういうものだろうという譲歩ができただろう。
でも。コレはどうやらカレーらしいんだよな。
「…新作、なんですよね?」
「自信作だって、言ってました。食材は厳選したって。車椅子を数台壊したくらいだったので、相当がんばったのは頑張ったんだと思います」
ガイ先生が忍としての命を絶たれてから、早数年。
誰よりも頼もしく、暑苦しいほどの情熱に満ち溢れたあの人は、その超人的な身体能力を失ってもなお、人としての心が強靭だった。
火影になった親友の側に控え、時には熱く、時には冷静に政策を吟味するだけに飽き足らず、新しい趣味にも邁進しだした。
それが彼の人の考える究極の栄養食…つまりは最強の情熱青春カレー作りだった。
溢れんばかりの情熱は、木の葉の発展に十分すぎるほどに役立っていたから、それが里への貢献だけに留まらないからといって、誰もそれを止めるはずもない。逆に周囲の人々もこぞって手助けしたのは当然のことだっただろう。それだけ皆に尊敬され、愛された人だったからな。
それはもう熱心な取り組みようで、日々スパイスの配合から、具材の探求、飯の炊き具合まで、日々研究を重ね、自らの舌を過信するわけにはいかないと持ってきてくれた試作品も幾度となく口にした。
そのどれもが辛口ではあったが、スパイスの香りと旨味のバランスの良い、確かに絶品のカレーばかりだった。
そう、誰もが褒め称えるその味を、誰よりも認めなかったのは本人だけだった。
常に一歩先を目指すガイ先生らしいといえばらしいのだが、その努力は留まる所を知らず、実際に足を運んでスパイスを吟味するだけでは満足できなくなったらしく、栽培にまで手を出し、休暇のたびに食材探しをするようになるまで時間はかからなかった。当然、かつての弟子たちも俺たちと同じように新作カレーでもてなされていたらしい。
「中々のできだが、どうしても満足できる仕上がりにならないのだ」という台詞は、もはやカレーを食べる時のBGMと化していた。
四季折々の味覚を盛り込んだカレーはどれも十分に美味かったというのに、どこまでも求道者たらんとするその姿勢に尊敬の念を抱いていたんだが…。
カレーを食ったその日、夕飯に一楽のラーメンを啜る俺を見たガイ先生が、一日も満足感が保たないカレーでは意味がないと叫んで夕日に向かって車輪が壊れそうなほどの速さで走っていってしまった事があった。
その日からだ、車椅子が空を飛ぶのを見たという報告や、夜中に山奥から雄たけびが聞こえるという報告が増えたのは。
心配してカカシさんに相談したものの、あいつはああいうイキモノだから大丈夫ですよという緩いにもほどがある慰めを貰っただけで、当の本人は謝ろうにも方々に飛び回っていて捕まらない。
…そしてその結果がコレなわけなんだが、ある意味自業自得とは言え、俺は明日息をしているだろうか?
あの熱血の人が、毒を盛るなんてことはありえないが、人を信じることを躊躇わない性格をしているだけに、妙なものを騙されて使ってしまった可能性が頭を過ぎる。
だが、後には引けない。ガイ先生の努力の結晶を無駄にするなんて、そんなことができるわけがない。
紙のように青い顔色でしばし見つめあうも、カレーは夢でも幻でもなくそこにあって、消えてくれるはずもなく、その存在を主張し続けている。
いい加減、腹を括るしかないだろう。
「…いただきます」
「…俺も、いただきます」
アンタは火影なんだから止めなさいといいかけて、親友の努力を無碍にできる人じゃないことを思い出した。
こうなったら一蓮托生だ。…できうるならば揃って入院なんて事態は避けたいが。
素手でも美味いと勧められたが、そこまでの勇気がでなかったからにスプーンを使った。
掬い上げた青い透き通った液体は少しだけとろみがあって、具材らしき正体の判然としない赤い物と緑色の物とが浮いている。
そっと匂いを嗅いでみたが、その臭いがどこまでもカレーであるところに驚きを隠せない。ついでにどうしても精神が青い食品を拒む。いっそ眼を瞑ってしまおうか。
葛藤の最中にある俺の手は、しっとりと汗で湿っていた。
「…イルカせんせは無理しなくていいんですよ?」
その手を握りながら惜しげもなく素顔を晒した恋人が微笑む。
ああくそ!そんな儚げな笑顔なんて見せるんじゃない!…やっぱり駄目だ。
「いただきます!」
「え!ちょっと!」
うろたえるのも当然か。だってなぁ。どんなにガイ先生に申し訳なく思っても、この人に得体の知れないモノは食べさせられないだろ?
だから俺の前にあった皿じゃなくて、この人が食べるはずだった皿を奪って一気に口に運んで…。
「うお!うめぇ!?」
「え!ホント?」
「すごい…ええ?なんでだ?カレーの味がします…!なんだこれ。美味い!」
元々飯より麺派だったのもあって、カレーで手が止まらないという経験は初めてだった。
夢中になって食べて、一皿だけじゃ飽き足らず、自分の手元にあった皿にも手をつけかけた瞬間、それを奪い返された。
「駄目。俺も食べまーす」
「い、いやでも!ほら!安全性が!」
「うわー…青い。…ッ!なにこれホントにおいしいんだけどどうなってるの…?」
「どうなってるんでしょう?」
とりあえず食う。そしてまだ貰ったカレーが残っていたことに思い至って、なべからおかわりをよそう。そしてまた食う。二人揃ってただひたすらに食うだけの生き物になることしばし。あっという間になべが空になってしまうまでそれは続いた。
「おお!イルカよ…!ついにカレーが完成したぞ!ラーメン好きのお前がここまで気に入ってくれたとは!まず一作目は完成!だな!」
車椅子でも白い歯に決めポーズが決まっている。
いつの間に入ってきたのか気付けないほど、食うことに夢中になっていたらしい。
ん?ちょっと待てよ?一作目?
「ガイ先生!とても美味しかったです!」
「すごいねー。これ。ありがと」
「なんの!まだまだこれからだからな!飽きの来ない味ではあるが…俺は!ついに見つけたぞ!最高の味わいというモノはたった一つではないということを!ソイツはまずは1作目としてもちろん今後も研究を続けて行くつもりだ!」
「そうですか」
「へ、へー?」
どうやら木の葉の里から奇妙な苦情がなくなる日はまだ遠くなりそうだ。
それにしても、なんでこんなに青いんだ?
「ガイ先生。これはその、どのような食材を?」
「やはり気になるか?…それはな…」
聞きたいような聞きたくないような複雑な心境だ。でも、なんだか分からないモノを食ってしまったということの方が耐えられない気がする。それがどんなに美味くても、だ。
「秘密だ!最初から答えを知ってしまえばそこから先を求めなくなってしまうだろう?イルカも興味があるなら共にスパイス探しの旅にでてみるか?」
中々ガイ先生らしい理由である意味納得はできたが、旅。旅か…。それはさすがに無理がある。この人ほどのバイタリティのない俺が、職務とカレーを同時進行できるとはとても思えないもんな。
「え。は、いえ」
「だーめ。俺の恋人にちょっかいかけないでね?って言って置いたでしょ?ガイ」
「うむ…確かにマイライヴァルのスィートラヴァーでもあるからな…?だがイルカ!お前は中々見込みのある男だ!気が変わったら二人揃っていつでも共に探求だ!」
「ありがとうございます」
「ま、次のカレー、楽しみにしてるよ」
「もちろんだとも!今回はお前をイメージしたカレーだったからな!次なるマイライヴァルの舌を唸らせるカレー…次は!情熱の赤だ!黒はイルカ!お前にぴったりのモノに仕上げるから楽しみにしていてくれ!」
それだけ一気に語ると、高笑いと共に早速部屋を飛び出して行ってしまった。流石ガイ先生だ。
「色からなんですね…」
「…組成が気になるけど、こんな事に分析班使うのもねぇ…。とりあえず体調に異常があったら教えてね?」
唇に残る青を舐め取る恋人にキスで応えつつ、次なるカレーがもう少し穏便なものであることを祈っておいた。


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適当。
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