ハロウィン(適当)


 好きだと伝えるのも無理だとわかっていた。
 家族がいないのは同じでも、彼には仲間も友人も、それから慕ってくれる教え子も多くて、今はあの子をかばっているせいで特定の女はいないみたいだけど、いつかは里で子沢山で幸せでにぎやかな家庭を築けちゃう人だ。
 そう、俺と違って。
 大切な人には置いていかれてばかりで、忍としてはそこそこ使える方だと思うけど、いつだって死の匂いが付きまとう。それなのに俺は連れて行ってはもらえないんだ。
 早くそれが訪れないか待っているような、それも男に…同性に、あの人が告白されたらどうするだろう。誰かを好きになるつもりも、好きになれる気もしなかったのに、笑うから。俺なんかにも、どんなにひどい格好でもどんなにひどい言葉をぶつけても、曲がらずに自分の考えをぶつけてくる人だから。
 こんなに好きになっちゃってもどうしようもないのにね。
 あの人は普通に女が好きで、こっそり持ってるエロ本も、俺じゃ抜けなさそうなおっぱいがデカイ女がただかわいく笑ってる程度のもので、すごく晩生だ。同性となんて考えてみたことも無さそうだ。
 格上でもためらいなく逆らう人だけど、それは自分以外の誰かのためだけかもしれないじゃない?
 俺が好きだなんて言ったらどうするだろう?もしかしたらあの子のために自分の身体を差し出してくれたりしちゃうんじゃないの?
 振られるならまだいい。振られたって諦められやしないけど、少なくとも拒絶されたことを理由になんでもなかったフリくらいはできるだろう。
 あの人が、本当に俺なんかのことが好きじゃなくても、一度だって受け入れられてしまったら、何をするか分からないない自信がある。
 たとえ嘘でも手に入るなら。自分のモノだと錯覚できるなら、俺はなんだってするだろう。術も薬も、その手のものは何だってそろう。そして、俺があの中忍をよこせと言えば、上の連中のほとんどが拒まないという確信もあった。あの人と俺とを天秤にかければ、貴重な戦力を損なうよりも、中忍一人を差し出すことを選ぶ。昔もそうやって父さんも切り捨てた。状況を収めて他の大多数の忍に言い訳を用意するために。
 だから、ちょっとだけ。一瞬の錯覚に捕まってしまわないように、ひとつだけおこぼれをもらうことに決めた。
 おあつらえ向きに姿を変える異国の祭は、木の葉の里でも徐々に馴染んで、子供も、一部の大人も、浮かれた姿でうろついている。
 俺みたいな本物の化け物が混じりこんでも気づかれない程度には騒がしいこの里で、一欠片の思い出をもらいにいくにはぴったりの夜だ。
 姿見の前で確かめた格好は、ちょうど下忍になったばかりの頃のナルトと同じくらいで、髪型は昔あいつらをからかうのに使ったカツラとよく似たものを選んだ。顔だけは変えなかった。目的のためといえばそうだが、素顔をみせたこともないから気づかれることもないだろう。
 ドアにかかったオレンジ色の光を揺らめかせるかぼちゃのランプは、まるであの人みたいに温かくて遠くからでもよく目立った。
 多くの子供がそこを目指していった。近所の子供と、それからアカデミーの生徒たちがいなくなるのをずっと数えて、待って、やっと最後の子供がいなくなったから、今度こそは俺の番だ。
 震えそうになる手で扉を叩く。夜も更けて騒がしさも大分収まっているからか、その硬い音はやけに大きく響いた。
「お?きたな!こんばんは!」
 笑顔だ。こんなに低い視界から見るのは初めてだけど、何度見ても胸が締め付けられる。これが見られただけでも良かったはずなのに、俺はどこまでも欲深い。
「とりっくおあとりーと」
 獣の耳を頭に付けて、手を差し出した。お菓子を探す手は、どうやら目的のモノがもう尽きてしまったことに気づいたらしい。
「お?しまった!ちょっと待っててくれよ?確か、残りがまだ…」
 慌てたように奥に引っ込もうとする手を掴む。
 逃がさないよ。…今夜だけ。一瞬だけでいいから、俺にあんたをちょうだいよ。
「おかしがないなら、いたずらするよ?」
 どうやっても手を離さない俺に、どうやらやっと諦めてくれたらしい。
「しょうがねぇなぁ?周りに迷惑かからないようにしてくれよ?」
 …そうやって、受け入れてくれる。きっと誰でも。なら、いいよね。
 子供の力と侮っているのをいいことに、腕を引いてバランスを崩した瞬間を狙った。
 よろけた身体はあっさりと俺に向かって倒れこんで、巻き込まないように踏ん張った瞬間、隙ができることもわかっていた。
 掠め取った唇は、重なるというよりかすっただけだったけど、ま、こんなもんでしょ。
 俺にはきっと似つかわしい。
「いたずら。ありがと」
「…お、おお?おい!ちょっとまて!」
「じゃあね。イルカ先生」
 逃げ足には自信がある。唇に残る感触を死ぬまで忘れないように繰り返した。目、まん丸だったな。よっぽど驚いたんだろう。子供のいたずらだって、ちゃんとそう思っていてくれるといいけど。
「はは…」
 かぼちゃのちょうちんを持って笑う子供を大人たちも見逃してくれる。今夜だけは。
 俺が唯一手に入れた一番の宝物を、大事に大事に胸の奥にしまいこんでいることなんか知らずに。
 掠め取った思い出が嬉しくて多分舞い上がっていた。
 あの人も中忍だってことを、忘れたことはなかったのに。
*****
「カカシ先生。ちょっとお話が」
「え?」
 普段通りイチャパラ片手になんでもないフリで受付に並んだはずだった。あの時とは逆に痛いほど腕をつかまれているのは俺の方で、掴んでいる方はどこか思いつめた表情を隠さない。
 …これは、ちょっと想定外かも。子供のいたずらですませるつもりだったのに、俺だって気づかれた可能性が高い。
 さて、どうしようか。上忍のきまぐれで誤魔化すためには、どうやったらこの人を騙せるだろう。
「あーすみませんね。報告書に不備でもありましたか?」
 あくまで証拠はない。白を切りとおすのは無理でも、どうにかできるかもしれない。それには考える時間が必要だろう。
 時間稼ぎのための言い訳には、少しも笑っていない目をした笑顔が返された。
「…ああいいです。ここで。実はお返しするものがありまして」
「へぇ?なんでしょうね?」
 もらったものはあっても、返してもらうものなんてない。許してもらえなくても、今更返すなんてできない代物だ。
 怒っているってことはわかった。それに周りが動揺していることも。そりゃそうだ。上忍の元暗部ってあからさまにおさわり厳禁なヤツに、半ば食って掛かってるんだもんね。
 触れてもらえることが嬉しいなんていったら、気持ち悪がられるんだろうな。
 欲を掻いた自分が悪い。…できうるなら、この人に被害がでないようにしたいんだけどね。
 顔が、近い。真っすぐすぎる目が苦手だった。…欲しくなりそうで、怖くて遠ざけて、それなのにまんまと恋に落ちて、それを見るためだけにろくでもないことをしでかした。
 だから、報いなら、俺だけが受ければいい。
 殴られるならここじゃないところがよかったんだけどとか、掠め取った思い出は俺だけ持っていればいいから記憶を消して回るついでに、この人にも全部忘れてもらおうとか、そんなことを考えていた気がする。
 そんなもの一瞬で吹っ飛んだけど。
「…キスするときは、目を閉じるもんだと思うんですが」
「…え、っと。なにしてんの!」
 堂々とした態度を貫き通す男に、みっともなくもうろたえた俺はどう映っただろう。
 口布を下ろすのも、予想外に深い口付けをするのも、それから口布をまた上げ直すのも、本当に中忍止まりなのかとののしりたくなるほどすばやかった。
 周りも何が起こったかわかっちゃいないだろう。…その台詞がなければ、だけど。
「言葉がなきゃわかりませんか?俺はわかりましたよ?」
 ニカっといたずら小僧の笑みを浮かべて、大それたコトをしたとは思えないほど自然に、欲しくてたまらないイキモノが答えを強請る。
 言っちゃいけなかった言葉だったなんて、すっかり頭から抜けてしまった。
「あんたが、好きです」
「よくできました」
 うっかり口を滑らせたことに気づく前に歓声と絶叫の渦に叩き込まれていて、その日から俺はただの知り合いの上忍から恋人ってヤツに昇格した。…らしい。
 そう、ちょっとした不満があるのだ。
「ねぇ。好きって言ってもらえてない気がするんだけど」
「言わずに逃げた人にはまだ言ってあげませんよ?言葉じゃね」
 今まで一度だってその言葉をもらったことがない。
 おかげで恋人が意外と意地悪だということを知った。意地っ張りなのは知ってたんだけどねぇ?
 俺はやっぱりどこまでも欲深いらしい。
「…いいもん。言わせてみせるから。今晩、覚悟しときなさいよ?」
「はは!そっちこそ!」
 組み敷いてどんなに鳴かせても、最後は結局勝てない相手に、あんた分かり易過ぎるから悩むだけ無駄ですよと笑う大切な人に、いつだって俺を見ていて欲しいと願っている。
 悩むだけ無駄ってのは真理かもしれない。
「…好き」
 言うことを許された言葉を贈ると、抱きしめてくれるのが嬉しくて、懐柔されていることを知りつつ瞳を閉じた。
 文句を言うたびに唇を奪ってくる人に、言葉の代わりの口付けを強請るために。

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適当。
はっぴーはろいん!

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