甘い任務(適当)


 任務だ。任務なんだ。
 そう言い聞かせてゆっくりと呼吸を繰り返す。
 大丈夫だ。これまでだって似たような任務はあった。…それらの全てを幻術で誤魔化してきたとはいえ、別に経験がないって訳でもない。むしろ普通だ。周りが騒ぐほどそっちの経験ばかりしてきたんでもなければ、童貞という訳でもない。
 据え膳と喜ぶくらい、百戦錬磨だったらこんなにも悩まないで済んだだろうか。
「役得だな?おい。お前がいいとさ。まあ雄でトウがたっちゃいるがな。お前を呼んでる声がまた甘ったるくてな。他の連中追っ払うの苦労したんだぞ」
「…なんで、こんな」 
 息が苦しいのか半開きにしたく力忙しなく呼吸を繰り返し、そこから唾液があふれ出ているのをぬぐうことすらできないでいる。
 手足を、戒められているから。
 目を隠してあるのは、多分瞳孔が開ききっているからだろう。興奮作用のある媚薬がもたらした副作用。それも強烈なヤツじゃなきゃ、中忍がここまでひどいことにはならない。
 断末魔のセミのように時折激しく身を震わせている。限界が近いのは見ているだけでも分かってしまう。
 放っておけば死ぬ。これはそういうタイプのたちの悪い薬だ。食らったことがあるから知っている。抑制剤を噛み潰しても、めまいで立っていられなくなるほどあがり続ける体温と、後から後からあふれ出る汗に随分と苦しめられた。
 お前の血が外に流れるのは困るからと、当時の俺の上官が要らない世話を焼いてくれたおかげで、何度あの毒を味わったことか。耐性ができやすい自分でも両手の数じゃ足らないくらい訓練が必要だったそれを、この人がどうにかできるとは思えない。規定上、上忍クラスの耐性を求められるらしいアカデミー教師であっても、この手の毒への耐性は薄いだろう。元々は血筋の良い女を浚って従属させるためのものだ。壊れても子袋があればいいってたちの悪いそれを、男が浴びればどうなるかなんて考えるだけで背筋が凍った。
「毒だ。毒。みりゃわかんだろ?部下庇ったんだ。白眼のな。…くノ一用だ。下手すりゃおかしくなる。さっさと楽にしてやれよ?」
 好き勝手言っていなくなった仲間のことを気にする余裕はすでにない。
 邪魔者はいなくなった。ならこの人を好きにできる。ずっとずっと、長いこと欲しくてたまらなかった人を。
「っく…!カカシさん…!」
 知り合いだからだ。顔見知りで、それからこの部隊で一番強い。だから助けを求めているだけなのかもしれない。それでもいい。ためらっている間にどこかの血管はじけでもしたら、この人は二度と目を覚まさない。
鎮静剤を口に放り込んで、即効性のソレの苦味が混じる唾液ごと、苦しげに喘ぐその喉の奥に押し込んだ。気休め程度だが、少しは楽になるはずだ。俺には効かないが、沸騰しそうな頭を少しは冷やしてくれたのかもしれない。ひきつけを起こしたように断続的に震えていた体が僅かだが落ち着いてきたのに気付ける程度には冷静になれた。
「イルカ先生」
「…カカシさん…!これ、俺は、毒」
「しゃべんなくていいよ。…ごめん」
これから彼に強いる行為は、決して望まれたものじゃない。だから、触れるだけで済ませようと決めた。どこまで沸きあがるこの衝動に耐えられるかしらないが、この人を傷つけることを考えるとぞっとする。どっちにしろ、こんなことをしておいて元の関係に戻れるとは思えない。だからきっと普通に会話できるのはこれが最後になるだろう。それなら、せめて。せめて少しだけでいい。苦痛を与えずに、この人の中の己をいい人のままでいさせたかった。
その素肌に触れた記憶を欠片も残さずに記憶にとどめておきたいと、浅ましいことを望んでいたとしても。 そのためなら今まで何度も押さえ込んできたものが開放を求めて暴れていても、耐え切れると信じたかった。
「…ん。あ!っうそ、だ」
「出して。楽になるから」
 他人の勃起した性器なんて見てもどうでもいいとしか思えなかったはずなのに、簡単に煽られる自分が嫌になる。この人だけだ。こんな風にガキみたいに闇雲に盛りたくなるのは。
「ぅあ!や、駄目だ…!汚れる」
「いいから。汚れなんてどうでもいい。…生きて」
 抵抗なんてされてもその気になるだけだ。治療のフリができている間に、終わらせてしまいたい。汚されたいなんて言ったら、この人は泣くだろう。こういう行為を自ら進んでする方じゃない。結婚するまできれいな体でとまでは行かなくても、遊びでヤれる人じゃないし、上司にこんなことさせたくないなんてことまで考えていそうだ。
「い、やだ。見えない」
 混乱しているのかもがいて目隠しをはずそうとしているらしい。薬が効いていれば明かりを落とせば目を損ねることもないだろう。忍の目は闇に慣れすぎていて、僅かに入り込む月明かりだけでも鮮明にその姿を捉えることができる。…そう、厄介なことに。
 布をはずしても、焦点が合わないのか目を瞬かせている。それでも俺を見て少しは安心してくれたらしい。涙をにじませた瞳に俺を移して、笑ってくれた。
「大丈夫。ねぇ。ごめんね。俺で」
 女はいた。この人が俺を呼んだからなんていうのは多分あの男の建前だ。俺がそれとなくかまうこの人への気持ちを、見透かされていたに違いない。情けないと思うことすらできない。この一夜を俺は忘れることはないだろう。きっと、一生。
「…ふ、あ…ッ!かかしさん、かかし、さん」
 舌っ足らずに繰り返されるその甘さに、知らずに頬が緩む。少なからず信頼はされているらしいことが素直に嬉しかった。…ソレをどこまでも裏切る薄汚い思いなんて、できれば一生気付かせないままでいたい。知らない誰かと幸せになるこの人をみたくはないなんて、エゴまるだしだ。仲間思いの上忍様なんてどこにもいない。
 ただ、欲しい。…そして、それが叶わないことは知っている。
 だからせめて思い出を、なんて、随分感傷的になったもんだ。他人の血を嫌というほど浴びておいて、今更思い人を手に入れるのをためらう打なんて、馬鹿げている。
 分かっていてもこうして触れることすら恐ろしい。触れた記憶が思いを募らせるのを知っているから。
諦めきれなくならないようにしなくちゃね。
「出して、ね?」
 指で触れて吐き出させて、赤く腫れたソコの痛みを訴え始めてからは口で。
 そうやって言い訳を用意して、どろどろになるまで奉仕した。
 意識を半分以上手放した人に我慢できなくなってした口付けが、それからその肌にぶちまけた精が、記憶に残らないことをいのりながら。


「すみません…」
「…気にしないで?できればだけど。…嫌だろうなって思ったけど、他に方法がなくて」
 これは嘘だ。女を呼べばよかったはずだ。この人は嫌う人間の数も多いが、その人間性だけじゃなくて、優秀なアカデミー教師って立場ってところからも狙われている。この人のことだから子でもできれば責任を取ると言い出しかねない。
 それに、一番は単に他の連中に指一本でも治療のためでも、そういう意味で触れさせたくなかった。それだけだ。
 嘘に気付かないのか、情事の後の気だるさをまとわりつかせたまましどけなく横たわる姿はどこまでも無防備で扇情的だ。
「…嫌だったのはあんたでしょうが」
 ソレでこんなこといわれたら、まだ昨夜の熱の残った頭は簡単に火を噴いた。
「なんでよ?そんなわけないでしょ?」
「嘘だろ。だって俺ばっかり」
「最後まで、立てなくなるくらいして、中までぐちゃぐちゃにしてよかったっていうの?冗談でしょ?あんた閉じ込められたいの?」
 しまったと思ったときには手遅れだった。勢いで自分の願望ぶちまけてどうするよ。俺。案の定目を見開いて固まっている。ぽかんと口を開けたそこに、ナニをねじ込みたいか伝えたら、きっと嫌悪されるだけだろう。
 男として情けなかったのも分かるけど、これ以上俺を追い詰めないで欲しい。
「閉じ込めたいんですか。俺を」
 …そうだね。そういうところが好きになったんだ。追い詰めてる自覚なんてないまま、ためらわずに正論を口にし、それを体を張って突き通してみせる潔さを、それから意外とずるいところにも惚れている。
折れない硬さとしなやかさを併せ持つ稀有な理想論者。いつかそれに殉じてしまいそうで怖かった。閉じ込めたいのは失われるのが怖いからだ。…閉じ込めたところでこの人は最後まで叫び続けることが想像できるのがおかしかった。
「そうだといったら?どうすんの?…ね、もういいでしょ。興奮作用は抜けてもしばらく動けないだろうからしっかり休んで」
「嫌だ。…おいこらそこの上忍。耳かっぽじってよく聞きやがれ」
 聞きたくないよ。そんなかすれてエロい声でナニ言うつもり?正論はいつだって胸を射抜くし、断罪の瞳はいつくしみにも満ちている。男相手に聖母なんていったら、この人は笑いとばすだろう。…馬鹿げてるのは知っているとも。自覚のない慈愛を垂れ流すこの人には、俺の感情なんて、きっと一生理解できない。
「…いいから、寝て」
「うるせぇ。いいから黙って聞け。…あんたが好きです」
 喧嘩腰になるのは覚悟してたけど、今の、なに。
 なにいってんの?この人。自分が何されたか覚えてないの。
「…犯されたいの?」
「したけりゃすればいいだろうが。…あんたがそんな顔しなくなるなら、俺はなにされたっていいんだよ」
 寝ている間に拘束なんて解かなきゃ良かった。抱きしめられたら、この肌の熱さも匂いも知ってしまった今となっては、興奮を隠す手段がない。
「…やめて」
「いーや。やめません。棚ぼた逃す間抜けになるつもりはないんでね」
 毒すらも甘いその言葉。寄せられた唇に酔いそうだ。いっそ夢ならこのまま死んでしまいたい。
「なにいってんの」
「…返事。くれないんですか?」
 いたずら小僧の顔で笑う小憎らしい人が、分かりきった答えを強請る。
 先に告白したのは向こうなのに、余裕たっぷりに挑発的な笑みを浮かべて。
「好き。欲しい」
「…なら、どうぞ」
 惜しげもなくさらされた肌に溺れるあまり、任務をすっぽかしかけただなんて、笑えない話だ。

 意外と強引で男前な恋人は、それからもずっと俺を尻に敷いている。ま、夜は下に敷いてるんだけどね。



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適当。
絶不調でござそうろう。

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