銀色の悪魔(適当)



「もうすぐ年がかわりますねぇ」
のんびりした口調とは裏腹に、その光景は陰惨そのものだ。
赤、赤、赤。足が浸るほどの赤に満たされた空間には、かつて人だったものが転がっている。
…今更騒ぎ立てるほどのことでもない。この男と組んだのだからこの程度はよくあることだ。
「そうですね。厄介ごとは今年のうちに片付けてしまいたいもんです」
全身が重く感じる。
男から殺気も不穏なチャクラも漏れ出してなどいない。そもそもこの程度の任務で気配を乱すほど低レベルな忍じゃない。
疲労と、それから飛び散ったものを吸った忍服のせいだろう。
後は、いつもこうしてだらだらと結論の出ない悩みに引きずられている己のせいか。
「そうですね。もー自爆なんかするんだもん汚れちゃった」
いかにも面倒だと言いたげに濡れそぼった服をつまみ上げ、男が面を外した。
白というよりは銀と例えられる収まりの悪い髪に所々散った赤が滲んでいる。
「いけません」
咎める口調が我ながらアカデミー生にでも言い聞かせているようで、少しだけ笑った。
面に隠されて見えないはずのそれがみえているかのように、男も笑う。
「叱られちゃった。でもねぇ。汚いままでいたくないし、どこかで汚れを落とさないと」
息をする度に鼻腔を満たす鉄錆臭い匂いに酔いそうなのは確かだ。
気分が悪いというのとは少し違う。
奇妙な浮遊感と薄れていく現実感。
それに後押しされて、決して伸ばしてはならない手を伸ばしてしまいそうになるだけだ。
この人はずっと深い闇にいて、そこで泳ぐことに馴れている。
俺は、違う。
ただ偶々、正確なトラップの技術を買われて一時的にこの闇に混ざりこんだ異物だ。
どれだけ魅力的に見えても、この人と俺は違う生き物だから。
…だから。どんなに欲しくても一瞬の幻で終わる関係など求める訳にはいかない。
溺れれば戻れないからだ。俺も。それからきっと…。
「そうですね」
淡々と、いつもの優秀な副官のフリをして、記憶の中にある水場を探した。
丁度少し離れた所にある温泉を思い出すまでに、男は無造作に残った頭を検分し、丁寧に封印布に包んでいる。
それはつまり、ここにはもう用はないということだ。
「いこう?」
「はい」
言わなくても俺がその場所を決めているのがわかるらしい。
言葉も交わさずに駆けだした。
なにもかもを振り切るかのように、全力で。
*****
「いつもながらいいとこ知ってるよねぇ」
ご機嫌な声に鼻歌が交じる。どうやら気に入ってもらえたらしい。少しばかり誇らしい気持ちになることぐらいは、自分に許してもいいだろうか。
人の踏み入れない土地にも水脈を読めばこういうちょうどいい温泉は意外と見つかるものだ。ある種勘と運も必要だが、任務にかこつけて見つけては記録していくうちに、今ではそれなりの数を把握している。
ここに所属して一番役に立ったのは、正確で緻密だが手間のかかるトラップより、こうして温泉に案内することの方かもしれない。
情けないと思うことすらできないほど、この暗闇の世界は今までと違いすぎる。それでもこうして重宝がられることがあるのなら行幸だ。
「趣味なもので」
余計な口は利かない。
素顔がさらけ出されていることを知っているから、一緒に入ることもありえない。
それなのにこの人は。
「ねぇ。好きならいいじゃない。入りなさいよ。汚れが落ちにくくなる」
誘われても頷いたことはないのだが、一度だって誘わなかったことはない。
素性をお互い薄々分かっていても、知らないフリをするのがここの流儀だ。
受付で見知った忍だと気付いたとしても、何も言わずに任務にだけ集中するべきなんだ。
この人が異端なのは今にはじまったことじゃないらしいが、それにしても俺への干渉は度を越している。見透かされているのか。この、欲を。
「全員が丸腰になるわけにはいきません」
すげなく突っぱねればいつものように、業とらしくつまらなそうな顔をして、そのまま大人しくしていてくれるのだが、今日は違った。
「丸腰じゃないよ。この眼だって手だって全部武器になる。見てたでしょ?」
それは知っている。閃光を放ち、鳥の囀り染みた音を立てて敵を切り裂いた稲妻を、俺はたしかに見た。
…それ以上に凶悪なのはこの人の素顔のように思えてならないのだが。
「知っています。だからと言って任務中に…」
「ん、任務終わらせてきたから、もういいでしょ?」
なにがいいんだかわからない。引き寄せる腕の力は強くて、このままでは服を着たまま湯に引き込まれそうだ。
「なにを」
「や、だって、逃げるんだもん。まあいいんだけど。正規部隊に戻ったからって諦める気はないんだけどさ」
「は?」
「ああだから。黙って俺に抱かれてみれば?」
直接的過ぎる表現に、頭が理解を拒んだのかもしれない。
固まった体は簡単に湯に引きずり込まれ、どろどろと赤い汚れを滲ませながら服すらも引き剥がされていく。
なんだ、これは。
「いけません」
面はとっさに抑えていまだ顔を覆い隠してくれている。だから今ならまだ間に合うはずだ。
そう信じたかった。
「うん。いけないよね?でも…ホラ、もう逃げられない」
服は疾うになく、引っかかって邪魔だったのか、サンダルも乱暴に引きちぎられて湯のそこに沈んでいる。面だけつけた奇妙な格好で男の腕に捕らえられて、とてもじゃないが逃げられそうもない。
「駄目ですよ。ご存知でしょう」
俺がなんなのか知っているからこそ、手を出したりはしないと思っていた。
普段はこんな風に仲間に手を出す人じゃないのを知っているからこそ、引き下がらない理由が分からない。
「やってるとき顔がみえないのはいやなんで。それももらうね」
「あ」
ブツリと音を立ててちぎられた紐は、激しい戦闘でも解けないよう特別に誂えられたものだというのに、あっさりとその役目を放棄した。
「イルカせんせ」
「…駄目だと、いいましたよ?」
これは言い訳だと自分でもわかっている。
俺は、駄目だといった。それでもそこから先を望むなら、それはお前のせいだと責任を押し付けているだけだ。
諦めを装った歓喜すら見透かされているだろう。…そのずるさすら気付いているだろうに、男は嬉しそうにやわらかくもない肌に吸い付き、痕を残していく。
「ここに俺の入れて?」
下肢をまさぐる手はもはや汚れを落とすつもりなどないようだ。
あっさりと進入を果たした指を、もはや拒む素振りさえ忘れて甘い息を吐いている。なんて、茶番だ。
「…知りません」
後は、もう、好きにしたらいい。
そう囁くと共に貫かれて喉を逸らして悲鳴すら零せずにただ喘いだ。
腹を割かれたことさえある身だ。痛みは耐え切れないほどじゃない。
…この男に身を許したことへの罪悪感と、それから恐怖。
そしてそれらを凌駕する喜びが、悲鳴を上げることを許さなかった。
口を開けばきっと何もかもがあふれ出てしまうだろう。
好きだとか、欲しいとか、ずっとこうしていたいだとか、最低な台詞が。
「色っぽいねぇ?」
「しりま、せん…!」
堪えきれずに零れた呻き声さえ甘い。これで抵抗しているなどとお世辞にも言えないだろう。
ゆるゆると揺さぶられて、くわえ込まされたモノの大きさをまざまざと思い知らされるようで、挙句縋るものは目の前で獣染みた笑みを浮かべている男だけなのだから全くどうしようもない。
「これで、俺の」
ああ、はじける。
こんなに深いところまで明け渡しているのに、更にその先まで汚されて、この男を植え付けられる。
きっともう戻れない。
零れた涙の理由を知ってか、男がうっとりと目を細めて小さく呻いた。
熱い。これが、この男の。
「あ、あ…!」
すでに達していたのか、そのとき極まったのかはわからない。
クスクスと耳元を擽る音を聞いて、それから。
「ねぇ。もう駄目だよ」
俺のモノだよ。逃げられない。逃がさない。
独占欲とも違う、所有を高らかに宣言するその言葉。
勝ち誇った征服者の笑みに交じる、我侭な子どもが見せるような喜びをみた。
そうだな。もう逃げられない。
…身のうちから湧き上がるこの恐ろしい執着からは、きっと。
言葉の変わりに絡ませた足に応えるように、腹の中の別の生き物が熱く尖る。
貫いて汚して、全てを変えてしまうために。
「あつい」
そう呟いたのはどちらだったのか。
痛みとそれを凌駕する快楽に溺れ、かすむ視界に映る銀色だけを見ていた。
ずっと、ずっと見つめ続けていたその輝きを。


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適当。
Σ(*´こ`)→(`・ω+´)風味。
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