こうふくろん(適当)



「殺してもいい?」
泣き笑いの顔で愛しい男が言う。
もちろんだとも。この人は俺の男。望むのなら命だってなんだって差し出すことに抵抗はない。
…ただ、その理由によっては頷くことはできないというだけだ。
「いいですよ。ただ後を追ってきちゃ駄目ですよ?」
言い聞かせるようにクナイを持つ手に頬ずりした。
怪我はない。相変わらず白くて少し節くれだっていて、クナイだこにそれからまだ俺の歯型が薄く残っている。
この指を舐めるのが好きだ。
羞恥と興奮に頬を赤く染めて、そのくせ噛んで暮れと強請ってくるこの男に、たまらなく興奮した。
こうして武器を持つのと同じ指で、俺の中を暴く。
容赦なく、だが決して傷つけることのない丁寧さと慎重さと手際の良さに、驚きもしたし恩恵にもあずかった。体だけが欲しい訳じゃないが、どうせならお互い気持ちイイ方がいい。それに、こんなところでまで器用なくせに、どうして素直に好きと言わないのかと呆れたりもした。
裏切ったら殺してもいいですよと笑った俺に、泣きながらすがり付いてきたときだけだ。
「ホント?」なんて。それは好きだと言っているのと同じだというのに、離れたら絶対に許さないといいながら、どうしてこんなに好きなのか分からなくて恐いなんてかわいいことまでいってくれた。
あのときから、俺はずっとこの人だけを見てきた。
当然だ。一番欲しい物を手に入れたのだから、他の物など全てが色褪せて見えるに決まっている。
だが、この人は、俺を殺すと言う。
自慢じゃないが、例え任務だったとしてもそんなことはできないと確信している。
つまりは、俺は裏切りを疑われている…いや、むしろ確信されているんだろう。
それはこの間俺が振った、里から色仕掛けを命じられたらしいくノ一のせいか、それとも狐憑きへの憎悪を育てることばかりに忙しい連中の仕業か、この男を狙っている女と上層部のせいかはわからない。
そう、そんなことはどうでもいいんだ。信じてもらえなくても構わない。
この人は俺を見て初めて何かを信じようと思えたと言った。
血と泥にまみれ、幼い頃から忍として生きてきた人に、その言葉をもらえただけで僥倖だ。
俺はこの人と比べて欲にまみれているから、信じてもらえない分与えられる執着を貪欲に欲しがって、出来うるならその嫉妬で縛り付けて仕舞いたいとさえ思っていた。
それより何より問題なのは、そんなことをしたらこの人が心配すぎるということだ。
「なんで?じゃあ死体くらい頂戴よ。たっぷり犯して俺の匂いで一杯にして、それから大事に腐らないようにして側に置くんだから」
それすら許さないのなら、いっそ殺してくれと嘆く男を抱きしめた。
突きつけられたままだったクナイに、薄く薄く削られた皮膚が血を流す。この距離で仕損じるなどありえないのに、それ以上切り裂くことなくひりつくような痛みを一瞬与えるだけで終わった。
ああ、やっぱりこの人に俺は殺せない。
そのことに落胆し、それから歓喜する。
いざというときには、この人はあっさり俺を置いていくだろう。一人で生きる意味などないというのに。
だが…連れて行けないくらいには愛されている。
「俺が死んでアナタが幸せになれると思えないのがすごく心配なだけです。それから、俺を殺したい理由を聞いてからにしたいんですが」
「イルカせんせすごい自信。…ねぇ。他の女と子ども作ったって本当?」
ほら、もう甘えた口調に戻ってる。いつだって俺のことを疑っているくせに、結局は俺のことを信じている。腹立たしいのに呆れが先立って怒鳴る気にもなれない。
例えばあてつけに浮気を考えたとしたって、これだけ搾り取られていて、他所に気をやる暇などあるものか。そもそも相手が可愛そうだろう。愛してもいないのに殺されると分かっている相手と寝るなんて、任務でもありえない。
「アンタがそれを本気で疑ってるならぶん殴るところです。誰になに言われたか知りませんが、心配なら術なり毒なり好きにすればいい」
「うん。うん…!」
背がきしむほどに強く抱きこまれて、こんなことはもう何度目だろうかとぼんやりと思った。何度繰り返してもこの人が苦しむだけだ。…俺からは別れることなどできないんだから、さっさと諦めてもらえないだろうか。
この人が他と子を成すというならそれでもいい。それでも俺は側にいることをやめないだろうから。
それでこの人が狂うのが恐いだけだ。罪悪感や俺が離れていく恐怖に、きっとこの人は耐えられない。俺も、この人を失うのに耐えられないだろう。
身を引こうとしたときに見せたこの人の執着は上層部が想像した以上に酷いもので、いっそ癖になりそうなほど激しかった。
閉じ込められるくらいは予想済みだ。殺されても構わなかった。
…里を選ぶのかという問いに答えないでいたら、里ごと心中されかけたってのは流石に予想外だったが。結果的に一部とはいえ里の中枢が使い物にならなくなったというのに、あれほどの被害を出しながら、それでも諦めようとしないのが信じられない。
「アンタだけですよ。我ながらどうしてとは思いますが、アンタ以外にそんな気にならないし、第一これだけしょっちゅう搾り取られてて、そんな余裕はありません」
あれから本気で俺を閉じ込めて飼う気だった男を宥めるのは大変だった。里内で任務にも行かずに閉じこもるなんて、里抜けと変わらない。
そのおかげで長期任務にも連れ歩くようになって、こっちも大分鍛えられた。今までなら歩けなくなるくらいの荒淫を強いられても、少なくとも走って逃げることくらいはできる。
何の修行だと思わなくもないが、俺を信じられなくても他所に気をやる暇はないことくらい分かっているはずだ。
「ん。すき。だいすき」
相手はすっかりその気で、ついでにわかりやすい執着を見せられたことでこっちもその気になった。
…不安なのはあんただけじゃないんだよ。
そう言えたらもう少しこの関係は変わるだろうか?変えるつもりなどないのだが。
「アンタだけだっていってもどうせ信じないでしょうから、好きなだけ搾り取ったらいい」
耳元に吹き込んでやれば、視界がくるりと回り、背に感じる柔らかな感触にほくそ笑んだ。
「全部、俺の」
嬉しそうに笑う子ども染みたその執着に、なによりも俺が溺れているのだと知ったら。
…いや、それはどうでもいいことだ。今この男が欲しがっているのが俺であるなら、あとのことはどうでもいい。
せわしなく肌をたどるのを感じながら、獣染みた口付けを交わした。死が二人を分かつまで、側にあることを誓うように。

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適当。
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