アフターケアの保障つき(適当)


「ねぇねぇ。海に行きませんか?」
かわいこぶって袖を引く上忍の頭に決済印をつこうとしたら逃げられた。
チッ!無駄に素早いな畜生め!
「うみーいいとこですよ?海ですよ?イルカにぴったり」
「受付所で騒いではいけませんよ?」
笑顔でクナイをちらつかせたのに、何故か真っ先に俺が同僚たちに取り押さえられた。なんでだ!
「イルカ!落ち着け!気持ちはわかるがこれは上忍だ!」
「それは一応稼ぎ頭なんだよ!あとせめてここでやりあうな!決算前の書類汚すんじゃねぇ!」
「決算前に騒ぐな!お前もう帰れ!」
なんだよ。みんな人でなしだ。俺がこの上忍に執拗にストーカーされてることを知ってるはずなのに。
「海。いっちゃいます?」
何故かくいくい手招きして笑う上忍が憎い。
この男はそれまで普通の上忍と中忍として、日々節度ある…というか、没交渉な、言葉を交わすのは挨拶くらいがせいぜいな関係だったというのに、ある日突然、切っ掛けすらわからないが、本当に突然、俺に付きまとい始めたんだ。こんなに苦労してるっていうのに、身分差というものは大きく俺に圧し掛かり、最初にちょこっとやりすぎかな?って思うほどに叩きのめそうとしてからは、真っ先に俺が制圧されるようになった。
俺の平和な生活を返せ…!
「イルカせんせー?着替えは買えばいいですから家に帰らなくてもいいんですよ?」
「帰ります。海には行きません。少なくともアンタとは絶対に」
ケッ!せめて吠え面でもかけばいいものを、ご機嫌な猫みたいにわらったまま後をついてきやがる。
なんなんだよ畜生。俺が何したってんだ!
「…しょうがないなぁ?でも海にいかなきゃいけないんですよ」
「…寝言をこれ以上言うなら…え?」
視界が暗転して、天地の感覚が狂う。立っていられない。なんだこれは?
「ま、いいんですけど。やっと許可取ったし、アフターケアもばっちりですよ?」
「っにしやがんだ…!」
声すらもまともにでないようだ。怒鳴ったはずが、ろれつの回っていない妙な音の羅列だけが口から吐き出されていく。
この上もなくあせっているはずなのに、しびれるような眠気が全身を支配し、指一本すら持ち上げるのが億劫だ。
「海に、いきましょうね?」
きっと笑っていたに違いない。闇しか映さない瞳に一瞬だけ銀色の光が走って、それから。
多分無様に気絶した。まだ寒さの残る道の上で泥まみれになりながら。
*****
「どうです?海」
「…きれいだ」
あれ?おれはどうしてここにいるんだっけ?仕事、決算が。ええと?
「ほら、海ですよ?帰りたかったんでしょう?」
「え?ええ、そうです」
そうだ。海だ。ここが俺の帰るところ。いやそんなわけないぞ?俺の家は木の葉にあるボロアパートの一室で、それから…海の底だ。帰らなきゃ。捕まってしまったけど運よく運べる器も捕まった。これで帰れる。…もう謂れのない命に従う必要もない。
「…ほら、早く行って?この人を返して」
「うみ、いかえ、る…ッうっげほっげほっ!」
腹の奥から何かが這い出るような奇妙な感触に耐え切れず、嘔吐した。吐き出したのは昼飯に食ったうどんでも、受付に入る前につまんだ大福でもなく、白く小さな球体だ。
「ほら、いいでしょ?これで」
綺麗なそれが投げ捨てられるのを呆然と見送って、妙に体が軽いことに驚いてへたり込んでしまった。
「あ?ええ?」
「アンタつくづくバケモノに好かれますねぇ?」
よしよしと子どもにするように頭をなでられて、不思議と落ち着いた。今まではこの人が側に寄るだけで吐き気がするほど気分が悪くなっていたのに。
いや、実際今は最悪の気分ではある。胸は胃酸に焼けてちりちりするし、吐瀉物の残る咥内はヌルヌルと粘る何かがまと割りついていて、おまけに眩暈までする。
それなのに不自然に体が軽い。それに人肌が心地良い。
「なんですか、アレは。その前に、ご迷惑をおかけしました」
「いいえー?人が変わったみたいになったって聞いたんで、ね。見に行って正解でした。アンタあんなのに取り殺されるのイヤでしょう?」
「なんでそんなことに!?」
最近、あんなモノをけしかけられるような恨みを買った覚えはない。ついこの間の任務でだって、普通に荷物を送り届けて真っ直ぐに帰ってきただけだし。
「あ、思い出しました?そ、アンタがこの間の依頼先で食べたものか飲んだモノの中に潜り込んだみたいですね。ああ、依頼人だったモノに関しては処分しましたからもう大丈夫ですよ」
「しょぶ、ん?」
「水に棲むバケモノをね、アンタに仕込もうとしたらしいですよ?俺か火影かそれともナルトか、どっちを狙ったのかわかりませんが。アンタの中が居心地が良すぎたのか行動を起こさずに居ついちゃいましてね。火影様もちらつかせたのに出てこないので、住処に返そうってことになったんです」
「へ?ええ!?水、そういや水はもらいました…!くそ!皆は!無事ですか!」
「無事です。アンタ自分の心配しなさいよ…」
呆れ顔の男に抱き上げられて、流石に慌てた。驚きはしたが体に問題はない。むしろ動きやすくなったくらいなのに。
「それで最近妙に付きまとわれてたんですか俺は」
「ああ違います。付きまとってたのは前からですよ?大っぴらにしただけで。どうも俺もか、それとも俺がなのか、とにかくターゲットだったみたいでね。俺を倒すとアンタの中からでなきゃいけなくなる上に、連れ戻されてまた使われて、自分の住処には戻れない。だからアンタに近づくと暴れる暴れる!おもしろかったですけどねぇ」
「暢気なこと言ってる場合ですか…!?…ううその前にご迷惑を…!」
「まあまあ、下心があったわけですし、アフターケアも約束通りきちんとしますから」
「は?あふたーけあ?」
「ま、とりあえずは体なんとかしましょうか?気持ち悪いでしょう?」
確かに砂まみれな上に吐いたときに飛び散った粘ついたものが服に飛び散って酷いことになっている。口はゆすぎたいが、この海の水を口にするのは…あんなモノが潜んでいるだけに抵抗があるしな…。
「ってことで。いきましょ?」
「ええと。はい」
散々な目に合った。里に着いたら火影様に不用意に水を飲んだことを謝って、それから受付の皆にも謝らないと。それから、この人にもなにかお礼をしないといけない。
「どうせなら俺ので孕んで欲しいですしねー?」
良く分からない台詞は頭を素通りし、結果男のおさえた宿とやらで散々な目にあったんだが。
俺の中に入ったと、ちっぽけな石ころにまで嫉妬する男にほだされてしまったってのが、一番恐ろしいところかもしれない。




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適当。
春のホラー風味。
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